執筆者:気まぐれシェフ
2022年04月15日

いつも感心するのだが、うちの事務局はみんな事務所が大好きである。私を除いて。
だって、事務所で不足していたりネットで買うと割高だったりする備品を、帰宅中や休みの日のお買い物のついでにさらっと買ってきてしまうのだ。
勤務中じゃないのにそんなこと覚えているなんて、すごい。

自慢じゃないが、私はタイムカードを押して事務所の扉から一歩足を踏み出したその瞬間に事務所の出来事すべてを忘れてしまう。
例えばコーヒーフィルターが無いから買ってこないとねとかいう話をワイワイしていたはずなのに、休日にお目当てのコーヒーフィルターを見かけても、まったく思い出すことなく素通りしてしまう。そして翌朝、出勤してコーヒーを入れる時になって、あっ!と思い出すのである。

私はかなりの気にしいの小心者で、ストレス耐性ゼロパーセントだ。
振られた仕事はできるだけ早く手放したい。なぜならば、締め切りまで余裕があるとしてもあと何日と締め切りを覚えておかないといけないこと自体がストレスだからだ。それに、その間に何が起きるかわからない。体調が悪くなって休むかもしれないし、もっとボリュームのある仕事がきて時間が足りなくなるかもしれない、焦ってミスして迷惑をかけてしまうかもしれない、とネガティブイメージがどんどんと沸き上がってきて自分で自分にストレスをかけてしまう。
だから、ストレスのもとは速攻で片づけてしまいたい。いかに効率良くいかにスピーディーにいかにミスなく片づけるか、小心者であるがゆえの目指すところである。

そんな小心者だから、プライベートな時間に仕事のことを思い出すと結構しんどいことになる。
仕事のほんのはじっこのことや、「明日」の天気とか「メール」とか何でもないようなワードにすら反応してなにかしら思い出してしまう。思い出したらもう止まらない。いもづる式に次から次へとネガティブ妄想が溢れ出てくる。クチから世界の国旗をべろべろと出し続けるマジシャン並みである。
朝いちばんにあの人にメール出してあの書類作ってあの電話もしておかないと、と段取りを考えてみたり、なんであんな受け答えしちゃったんだろうもっと上手に説明できたはずなのにと落ち込みポイントまでよみがえってきてすっかり疲れてしまう。事務所に居ないんだから今考えたって仕方ないことなのに。
買い物をしていても誰かとしゃべっていても上の空。寝る直前に思い出すと変に頭が冴えて眠れないまま朝が来る。胃がギューっと痛くなって頭痛もしてくる。無駄に「エアギター」ならぬ「エア仕事」をしてしまうのだ。

ストレスはまったく体に良くない。細胞レベルでやられてしまう。精神にもよろしくない。
どうにも体がしんどくなってきて、あるとき意識的に記憶スイッチのオンオフをすることに決めた。悩んでも仕方ないことで疲れるなんて勿体ない。ノンノンである。
勤務中は無心に仕事に取り組み事務所のために邁進する。それ以外の時間は私のために活動する。自分の弱点と向き合うことは自分を守ること。そうすることにした。

それから何年も経過した。日々の鍛錬そしてたゆまぬ努力のすえ、みんなには悪いけれど、今や、何を聞いても見ても、1ミリたりとも仕事のことを思い出すことはなくなった。
すると、あんなに悩まされていた胃痛も頭痛も耳鳴りも蕁麻疹も、ほとんど消えてなくなった。単に加齢とともに神経が図太くなった説、免疫反応が落ちた説も無きにしも非ずだが、私は忘却の効果だと確信している。ストレスが減ったことで脳も体も休む時間が増え気力体力が復活したのだ。体重まで元に戻るという有り難くないおまけがついてきたけれど。

だから、こんなへなちょこな私とは大違いのみんなが、仕事のことを思い出しても平気なこと、必要なことだけを思い出せる技を持っていることに、すごい、頼もしい、と感動を覚えるのである。

事務局のみなさん。そういうわけで、覚えてたら買ってくるわーとこれからも言ってしまうことがあるかもしれませんが、まずもって思い出すことはないのでどうぞ私をあてにせずに受け流すようにしてください。
よろしくお願いいたします。