昨今の違法配当問題について
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<ポイント>
◆有名な大企業であっても分配可能額規制違反を起こすことがある
◆分配可能額規制違反の場合、取締役は填補義務を負うことがある
◆分配可能額の認識、それについての社内教育の必要性を意識すべき

 

2023年6月2日にニデック(旧日本電産)は、2022年4月から9月期の中間配当で分配可能額を超えた配当を実施したと発表しました。これに先立ち、同社は分配可能額を超えた自己株式取得をしていました。
今回は分配可能額規制について解説します(商事法務2339号に弥永教授の解説記事が載っているのでご参照ください)。なお、本稿では指名委員会等設置会社以外の会社を念頭におきます。
上記事案の概略は以下のとおりです。
同年4月24日の同社取締役会において550万株・500億円を上限とする自己株式の取得を決議して同年9月に自己株式を取得しましたが、そのうち約18億円は分配可能額規制に違反していました。
また、2022年10月24日のニデック取締役会において1株あたり35円(合計約201億円)の中間配当を決議しましたが、その中間配当は分配可能額規制に違反していました。
前者の自己株式取得によって、後者の中間配当ができない状態になったようです。さらに、その後に行われた約69億円の自己株式の取得も同様に分配可能額規制に違反したものでした。

分配可能額は会社法461条2項に規定されており、剰余金処分や自己株式取得はこの分配可能額規制に服することになります。
分配可能額は、概略、最終事業年度の末日の剰余金(その他資本剰余金・その他利益剰余金)から、自己株式の価額、のれん等調整額や有価証券や土地の評価差額金等など会社債権者の保護のために控除すべき額や同日以後の剰余金の減少額等を控除した額です。同条に加えて会社計算規則に詳しい規定があります。
ニデックの2022年3月期の貸借対照表ではその他資本剰余金とその他利益剰余金の合計額は約1900億円ありますが、自己株式が約1250億円あり、その差額が650億円であることからすれば、会計の専門家ではない当職の感想としても、上記2022年9月の500億円の自己株式取得が完了するにはあまり余裕がなく、さらにその後の中間配当は難しいようにみえます。
本件ではこの自己株式の取得についての認識に問題があったようで、ニデックの第三者委員会の報告書によると、自己株式の取得に分配可能額規制が適用されることの認識がなく、結果として分配可能額の計算において自己株式の額を控除する必要性について認識がなかったようです。
上記の会社法、会社計算規則にしたがって計算すれば違法配当となることについて、「ニデック社では、2022年4月の時点で分配可能額マイナスの懸念が現実的となっていたが、分配可能額規制そのものを認識していなかった財務部の担当者・管理職はもちろん、経理部の担当者・管理職や、両部署の担当執行役員・統括執行役員、取締役のいずれからも、2022年度中に生じるであろう分配可能額マイナスの懸念に関する指摘等はなされなかった。」と述べています。

違法配当がなされた場合、剰余金の処分や自己株式の取得を決議した株主総会や取締役会は法令に違反する無効なものですので、会社は金銭等の交付を受けた株主に対して返還請求をすることができます。
また、業務執行取締役等(当該議案に賛成した取締役(取締役会決議の場合)、当該議案を株主総会に提出することに賛成した取締役を含む)も、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明しない限り、填補義務を負います。
また、この填補義務が履行された場合、その責任を履行した業務執行取締役等は善意の株主には求償することはできません。
ニデックの案件では、第三者委員会は、財務部又は経理部の担当役職員における知識不足及び認識不足等が、本件自己株式取得等が分配可能額規制に違反して行われた第一の原因であるとしながらも、ニデックの取締役は、本件自己株式取得等に係る「職務を行うについて注意を怠らなかった」と評価されるものと考えられるとしています。
なお、株主に対して交付した金銭の返還を求める対応はしていないようです。

上記商事法務の解説においては2006年から13件の分配可能額を超える剰余金の配当・自己株式の取得事例が紹介されており、ある程度著名な企業の事例も混じっています。昨今の物言う株主の台頭で自己株式の取得や増配が活発化していることも指摘されているところです。
また、上記第三者委員会の報告ではニデック社の役員の責任を認めませんでしたが、この結論については別の見解もあり(上記商事法務参照)、賠償責任のリスクも意識する必要があります。
会社役員は分配可能額規制の意識をするとともに社内教育も実施する必要があろうと思われます。