トランスジェンダーの職員に対するトイレ使用制限の適法性について~判例紹介
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<ポイント>
◆最高裁が性的マイノリティの労働環境について初めて判断を行った
◆個別具体的な事情が重要であって性自認についての本人の主張がそのまま認められるべきという判決ではない
◆今後の職場におけるトランスジェンダーの労働者の扱いに大きな影響あり

 

今回は、2023年(令和5年)7月11日のトランスジェンダーの経済産業省職員に対しトイレの使用制限を行ったことを違法とした最高裁判例を紹介します。

事案の概略は、以下のようなものです。
2010年(平成22年)に、生物学的な性別が男性であり性同一性障害である旨の認定を受けホルモン治療を受けている(なお、健康上の理由で性適合手術は受けていない)いわゆるトランスジェンダーの一般職の50代の職員に対し、勤務先の経産省が執務する階とその上下の階の女性用のトイレの使用を認めず、それ以外の階の女性トイレの使用を認めることとし、その結果職員は執務している場所から2階離れた階の女性トイレを使用することとなりました。
2013年(平成25年)、職員は、人事院に対し、職場の女性トイレを自由に使用させることを含め、原則として女性職員と同等の処遇を行うこと等を内容とする行政措置の要求を行いましたが、2015年(平成27年)に人事院はこれを認めない旨の判定を行いました。
同年に、職員はこれを違法として、人事院の判定の取消しを求め訴訟を提起しました。

一審の東京地裁は、人事院の判定を違法としました。
具体的には、職員が、男性としての性機能を喪失したと考えられる旨の意思の診断を受けており、私的な時間や職場において社会生活を送るにあたって、行動様式や振る舞い、外見の点を含め、女性として認識される度合いが高いものであったことや、民間企業のトイレ使用を認めた例などを挙げ、トイレ使用に伴うトラブルが生じる可能性はせいぜい抽象的なものにとどまるとして、トイレの使用制限を取消し、国に約130万円の損害賠償を命じました。

ところが、控訴審の東京高裁においては、性自認に基づいた性別で社会生活を送るという概念は、その外延(池野注・概念が適用される範囲)が明確になっているとはいいがたく、かかる利益をとらえて保護された利益として取り上げることには疑問の余地が残るとし、経産省が職員の希望に基づき、2010年(平成22年)に女性職員の理解を求める形で調整を図るべく、説明会を行い、女性職員からの意見を踏まえて処遇を決めたものであり、職員も執務室のある階とその上下階を除く女性トイレは使用することができた、などの事情から、職員にも十分配慮して決定した本件トイレにかかる処遇は著しく不合理であるとはいえないなどとし、一審判決を覆し人事院の判定を適法なものとしました。

そして、最高裁は、高等裁判所の判断を覆し、人事院の判定を違法とし、女性用トイレの使用制限の取り消しを認めなかった東京高裁の判決を破棄しました。
その理由は以下のようなものです。
「職員は、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けているということができる。
 一方、職員は、健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの、女性ホルモンの投与等を受けるなどしているほか、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、職員が、女性の服装等で勤務し、執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。また、(前記の2010年に行われた)説明会においては、職員が執務階の女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに、説明会から人事院の判定に至るまでの約4年10か月の間に、職員による庁舎内の女性トイレの使用につき、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ、本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。
 以上によれば、遅くとも人事院の判定時においては、職員が庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり、職員に対し、上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。そうすると、トイレ使用についての人事院の判定は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、職員の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。」

本件は最高裁が性的マイノリティの労働環境について初めて判断を行ったものであり、大きな注目を集めました。
SNSのコメント等を見ると本人が自分を女性と主張すればそれに従ってトイレ等を使わせなければならないとした判決などと、誤解に基づく、やや極端な受け止め方も目立ちました。
しかし、今崎幸彦裁判官の補足意見にもあるように、「種々の課題について、よるべき指針や基準といったものが求められることになるが、職場の組織、規模、施設の構造その他職場を取りまく環境、職種、関係する職員の人数や人間関係、当該トランスジェンダーの職場での執務状況など事情は様々であり、一律の解決策になじむものではない」と言えます。また、「現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくという以外にない。今後この種の事例は社会の様々な場面で生起していくことが予想され、それにつれて頭を悩ませる職場や施設の管理者、人事担当者、経営者も増えていくものと思われる。既に民間企業の一部に事例があるようであるが、今後事案の更なる積み重ねを通じて、標準的な扱いや指針、基準が形作られていくことに期待したい。併せて、何よりこの種の問題は、多くの人々の理解抜きには落ち着きの良い解決は望めないのであり、社会全体で議論され、コンセンサスが形成されていくことが望まれる。」とされており、この判決をもって、トランスジェンダーの人の職場における処遇が一義的に決まったものではありません。
 私自身も当初は、職場における判断の負担がやや重すぎるのではないかとも思いましたが、判決を読み事実関係を把握してみると、この結論自体は妥当なように思います。
 特に、職員が2010年以降ずっと職場において女性として行動していたにもかかわらず、その後5年近くも処遇の見直しが検討されなかった点は問題であったように思います。
なお、本判決は、トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべきである、とされている点にも注意が必要です。