執筆者:気まぐれシェフ
2007年06月15日

先日、上高地・尾瀬・軽井沢を巡る2泊3日のツアーに参加してきた。
癒しの旅である。

最近は毎週末ごとに旅行に出かけ、平日は遅くまで仕事に追われる毎日を送っていたこともあり、いつもなら必ずする現地の事前調査を怠ってしまったが、山をなめてはいけないと、雨ガッパとアウトドア用パンツだけは直前にガッチリ購入した。

出発当日の早朝、山は危ないからくれぐれも気をつけるようにと家族に念をおされつつ、集合場所である新大阪駅へ向かった。
しかし、たどり着いたその場所にいたのは、大量のおばちゃんだった。山の手にいるようなおばさまではない。まさに「ザ・大阪のおばちゃん」だ。
この時の衝撃といったら。
もうこのまま帰ろうかと真剣に思ったほどだ。
友人が申し込んだツアーにほとんど何も考えず参加した私は、それが登山初級者用激安ツアーだとの自覚がなかった。
山と言えば中高年、しかも初心者で激安ツアーとなればおばちゃんが来るに決まっているではないか。真剣に山の用意をした私はなんだったのだ。おばちゃんがお気楽モードで参加する程度のものに、1万円もするめったに履かないパンツを購入したりして…。
これから3日間このおばちゃん達と過ごすのかと思うと申し訳ないがぞっとした。

しかし無情にもツアーは始まり、これから3日間乗り続けることになるバスに乗り込んだ。
そこで待っていたバスガイドさんは、なんとこれまたけっこうなお歳のおばちゃんだった。腰がくだけた。
おばちゃんとおばちゃんはやはり気が合うらしく、バス内ではガイドさんとおばちゃんの永遠に続くとも思われるトークバトルが繰り広げられた。
綾小路きみまろばりに円熟した話芸がおりなすなんとも言えない空間に私達はノックアウト寸前だった。

泡を吹くすんでのところで、最初の目的地である上高地に到着した。
それはそれは本当に美しい景色だった。こんな美しい場所に来たのは初めてかもしれない。
心が洗われるというのはこういうことを言うのだろう。

すっかり上高地の空気に清められ、爽やかな気分でバスに戻り明日の尾瀬に心を馳せたその時、ガイドさんの衝撃のひと言が私を打ちのめした。
「はい、ではここから今日のホテルに向かいます。場所は新潟県、4時間かかるので着くのは午後8時です。」
なんだって。
途中で手に入れた地図を広げると、出発地は大阪、岐阜羽島まで新幹線にのり、バスに乗り換えて長野県の上高地、新潟のホテルを拠点に群馬県の尾瀬と軽井沢…。

そういえば、旅行前、何人かの友人に行程を説明するたびに「それは絶対無理だよ、行き先間違えてるよ、上高地と尾瀬は一緒に行けないって。」と言われた。そういう意味だったのか。
今までこの3ヶ所のどこにも行ったことがなく、恥ずかしながらそのあたりの位置関係もよくわかっていなかったので、この行程になんの疑問も持たなかったのだが、そんな過酷な旅だったなんて。
癒しはどこへ行った。

行程ももちろん過酷だったが、その間のおばちゃん達のパワーにすっかりやられた。
約1時間半ごとの休憩のたびにお土産をしこたま買い込み、試食をし、バスに戻れば何かを食べ、バスガイドさんの話にすべて相づちを打つ。興味がなくなると好き勝手にしゃべりだす。
トイレにいたっては並んでいる人達を腹で突き飛ばし、平気で順番を抜かしていった。
彼女達には宇宙人でも勝てないだろう。宇宙人が地球を攻撃しても大阪のおばちゃんだけは絶対に生き残る。いや、逆に宇宙人がやられるに違いない。
静かだったのは尾瀬のハイキング中だけだった。しゃべりたくても息が上がって話せなかったらしい。平地に着いたらまたしゃべり始めていた。ずっと坂道だったらよかったのに。

いろんな意味ですっかり疲れ果てたバスの中、友人とムーディ勝山の話題で盛り上がった。
ムーディ勝山は「右からきたものを左へ受け流す」という内容の歌を歌っている今人気のある芸人さんだ。ほかにも彼のレパートリーはいくつか知っているが、これが一番インパクトがある。
その夜にやっていたテレビ番組でも「あまり深入りしすぎないで、表面だけでさらっと受け流してみることも時には大事」と、偶然にもムーディの歌と同じことを言っていた。
そうだ、正面からぶつかっていてはとても体が持たないまさに今こそ、おばちゃんを受け流してみてはどうだろう。

いざ実践。突き飛ばされようが、ちょっとそこのアンタと言われようが、強烈な罵詈雑言を耳にしようがすべてが私には関係の無いこと、と受け流してみた。勝手におやり、と。
いくぶんか心が安らいだ。そうか、いちいちおばちゃんの行動に驚きや怒りを感じてはいけなかったのか。
ひょっとしてこの「受け流し作戦」はいろんな場面で活用できるのかもしれない。
たとえば人間関係とか、仕事とか。
正面からぶつかることは大事だけれど、体力的にあるいは精神的に疲れているときには負担が大きい。そんなときにはささいなことはすべて受け流してみるのだ。
物事を真面目に捉えすぎて勝手に疲れてしまう私にはこれが必要だったんだ。
なんだか悟りを開いた気分になった。
不思議なもので、昨日まで面白い芸人という認識しかなかったムーディがいまや私の心の友になってしまった。

そして3日目の夜遅く、長い長い旅行はようやく終焉を迎えた。

翌日仕事に出ると、さっそくなんだかんだとやらなければならないことが山積みになっていた。
2秒で厳しい現実に引き戻された。あぁつらい、旅行なんて行ったっけ。
いや旅行じゃなくてあれは受け流しの修行。宇宙最強のおばちゃんに耐えられたんだもの。ここはさらっとやってのけるべし。
ムーディとともに。

つらいときのムーディ、あなたもぜひお試しください。