知る前契約等や株式報酬に関するインサイダー取引(金融庁Q&Aに追加)
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<ポイント>
◆知る前契約等による場合でも売買の中止を選択できる場合には規制対象
◆株式報酬のための新株発行等についての情報公開は合理的なもので可
◆譲渡制限付き株式報酬では重要事実を知っていても規制対象外となるのが一般的

 

2023年(令和5年)12月8日に金融庁からインサイダー取引規制について新たなQ&Aが示されました。以前、同Q&Aで、重要事実を知ったことと無関係に行われたことが明らかであればインサイダー取引きには該当しないことを明らかにした旨の記事を書きましたが、何度か改訂を重ねた後の数年ぶりの改訂です。
今回の改訂では、知る前契約・計画や株式報酬に関して応用編問6から8でインサイダー取引規制の対象になるかどうかを解説しています。

金融商品取引法では、インサイダー取引規制に該当しない場合として、重要事実を知る前に締結された契約(知る前契約)の履行または決定された計画(知る前計画)の実行としての売買等を規定しています(本稿では契約と計画を合わせて「知る前契約等」といいます)。
これは、知る前契約等の履行・実行であれば、実際の売買等を行う時点において未公表の重要事実を知っていたとしても、当該重要事実を知ったことと無関係に行われる売買等であることが明らかといえるからです。もちろん、知る前契約等の時点で知っている重要事実が売買等の時点でも未だ公表されていなければ規制対象となります。
しかし、上場会社の役職員等による知る前契約等について、契約等の後に知る未公表の重要事実の内容に応じて契約等に基づく売買等を行うか中止するかの選択等ができるとすれば、実質的には知る前契約等がされているとはいえないのではないかという問題が生じます。
すなわち、未公開の重要事実を知って売買等を行うことと同様に、知る前契約等の利用者は不当な利得を得ることになるのではないかということです。
Q&Aでは、このような場合には知る前契約等にはならずインサイダー取引規制の対象となるとしています。例として、上場会社の役職員等が自己の保有する自社の株式を売却する計画を策定したものの、今後、自社の決算予想値が大幅な上方修正となる旨の未公表の重要事実を知れば売却を中止することが当該計画の策定時点で想定されている等の場合が挙げられています。
また、複数の知る前契約等がある場合、全体として当該複数の契約・計画のうち有利なもののみを履行又は実行し、不利なものは履行又は実行しないことが想定されている等の場合、一体のものとして評価され、やはりインサイダー取引規制の対象となります。
濫用的な知る前契約等に対する規制といえます。

上場会社において、役職員等に対する株式報酬として新株発行、自己株式処分(本稿では二つを合わせて「新株発行等」といいます)を行うことがあります。新株発行等の決定は重要事実に該当します(軽微基準として1億円以下は非該当)。
そうすると、新株発行等が公表される前はインサイダー取引規制の対象となります。「公表」というためには、一般投資家が会社関係者と対等の立場で投資判断を行うことができるだけの事実が明らかにされる必要があり、投資判断に影響を及ぼすべき内容がすべて具体的に明らかにされる必要があるとされています。
新株発行等における払込金額の総額について、内部的に決定された後、割当決議がされて同日に公表されることが一般的ですが、この間は未公表の重要事実があることになります。
そのため、内部的な決定時点で合理的に見込まれる株式報酬の総額を公表すれば足りるとされました。すでにヤマハ発動機株式会社が2024年2月14日に同内容の開示をしています。

上場会社が役職員に対して、インセンティブの一種として譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)を付与することがあります。これは上場会社と役職員間の売買その他の有償の譲渡もしくは譲受けに該当するものといえます。
そうすると、当該上場会社の未公表の重要事実を知っているとインサイダー取引規制の対象となります。
しかし、譲渡制限付株式は数年もしくは受領する役職員の任期満了まで譲渡が制限されていることが一般的であり、実際に処分するまでには相当な年月が経過していると考えられます。また、報酬の一種として行われることから、このような一般的な内容の譲渡制限付株式の付与であれば、インサイダー取引規制の対象とはならないとされました。
上場会社の内部情報を知り得る特別の立場にある者が当該情報を知り得ない一般の投資家と比べて著しく有利な立場で取引を行い、市場の公正性・健全性を害するということは基本的に想定されない場合に該当すると考えられるということです。