学費返還訴訟の最高裁判決
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私立大学の入学辞退者が前納した入学金や授業料などの返還を求めて提訴した訴訟につき、11月27日最高裁判決がありました。
結論を簡単に整理すると次のとおりです。
入試要項等に「いったん納付された入学金・授業料はいかなる事情があっても返還しない」(不返還特約)との文言が記載されていた場合、大学には、
(1)入学金の返還義務はない。
(2)授業料は3月31日までに入学辞退があれば返還義務があるが、4月1日以降であれば返還義務はない。但し、「入学式の無断欠席は入学辞退とみなす」などと告知していれば、4月1日以降であれ入学式の日までに入学辞退があれば、返還義務がある。
この結論に至る論理はどのようなものでしょうか。

まず、大学と学生との間の契約を「在学契約」なる契約と解釈しました。これは、大学が学生に対して、講義等の教育活動を実施して教育サービスを提供し、施設を利用させる義務を負い、他方、学生は大学に対して、その対価を支払う義務を負うのが中核的な要素の契約としています。
そして、その在学契約は、所定の期間内に入学金・授業料を納付して入学手続きを完了することにより成立するとしました。もし、入学金と授業料とで納付期限を別にしているならば、入学金納付の時点で在学契約の「予約」が成立し、授業料納付など残りの手続きをした時点で在学契約が成立するとしました。
さらに、在学契約は原則として、学生側からいつでも任意に将来に向かって解除することができるとしました(大学側からは正当な理由のない限り解除できませんが)。憲法上の教育を受ける権利の趣旨に鑑みれば、その大学で教育を受けるかどうかは学生の意思が最大限尊重されるべきだから、というのがその理由です。そのうえで、入学辞退を法的には「在学契約の解除」として構成しています。これは口頭によるものでもよく、場合により入学式の無断欠席も「黙示の意思表示」として認めています。

以上を前提に、まず入学金について最高裁は「学生が大学に入学しうる地位を取得するための対価」と解釈しました。これは何を意味するかと言いますと、学生が「大学に入学しうる地位を取得」しさえすれば、入学金はその目的を達成したといえるので、仮に入学を辞退しても(契約を解除しても)、大学はこれを返還しなくてもよい、という結論につながっています。
これに対して入学金を「入学して学生としての地位を取得するための対価」と考えるならば、4月1日に在学契約が発効するまでに入学を辞退すれば(契約を解除すれば)、まだ学生としての地位を取得していないわけですから、入学金は返還の対象になるということになるでしょう。最高裁はこのような考え方を取りませんでした。前者で考える方が、いわゆる「すべり止め」の受験の実態に合致しているからでしょう。また、入学金が合格者を学生として受け入れるための事務手続きにかかる費用にも充てられることが予定されていることは最高裁も述べるとおりです。
したがって、入学金に関しては不返還特約は有効ということになります。

では、授業料の返還・不返還を基本、入学辞退の時期、3月31日と4月1日で分けたのはどういう論理からでしょうか。
まず、在学契約が解除された場合、教育サービスの提供も受けられないのだから、その対価たる授業料を大学が取得する根拠を欠くことになるとしています。
入学辞退(契約解除)が3月31日よりも前なら、大学はこれを返還しなければならないし、4月1日以降でも大学がこれを当然に取得することにはならないのが筋です。
にもかかわらず、4月1日以降であれば返還しなくてもいいとしたのはなぜでしょうか。ここで「不返還特約」の効力を検討する必要がでてきます。
まず、不返還特約のうち入学金に関する部分については有効であること前述のとおりです。では、授業料に関する部分についてはどうか。最高裁はこの点につき、「入学辞退(在学契約の解除)によって大学が被る可能性のある授業料等の収入の逸失などを補填する目的、意義を有する」ことに着目し、「損害賠償額の予定または違約金の定め」の性質を有すると解釈しました。

そこで、在学契約が「消費者契約法」の適用を受けるかどうかを検討する必要がでてきます。なぜなら同法は9条1号で「損害賠償の額を予定する条項の制限」を定めているからです。つまり、消費者側から契約解除した場合につき「損害賠償額の予定または違約金」を契約で定めていても、消費者が不合理な金額の負担を強いられてはいけないので、「契約解除に伴い生ずる平均的な損害額を越える部分」の定めは無効としています。
この点、最高裁は下級審判例と同様、在学契約も消費者契約に該当するとしました。そうすると、前納した授業料が、入学辞退(在学契約の解除)により大学に生ずる平均的な損害を超えていれば、その超えた部分は無効だから返還しなければならず、超えていなければ有効だから返還の必要なしということになります。
問題は「大学に生ずる平均的な損害」の内容です。これについて最高裁は、入学辞退(在学契約の解除)が織り込み済みの時期以前に入学辞退がなされれば、「大学に生ずる平均的な損害」は原則存在しないので、授業料の全額が「大学に生ずる平均的な損害」を超えるとしました。なぜなら、入試に合格しても入学しない者は相当多数いるし、大学はそのことを見込んで合格者を決定し、また補充合格などの措置を講じているといえるからです。
したがって、この場合、授業料全額は返還しなければならないということになります。
他方、入学辞退が織り込み済みの時期より後ならば、大学は1年分の予算を変更などすることもできないため、大学は辞退者が納付すべきだった授業料相当額の損害を被り、これが契約解除により「大学に生ずる平均的な損害」に該当するとしました。したがって、その時期以降に在学契約を解除した学生については、前納した授業料はその損害額を超えるものではない、だから不返還特約はその限度で有効で、大学は授業料を返還しなくてもいいとしました。
この論理に立った上、最高裁は入学辞退が織り込み済みの時期の限度を3月31日と判断しました。4月1日以降学生は学生としての身分を取得し、その大学に入学することが客観的に高い蓋然性をもって予測されるからです。
ただ、入試要項等で「入学式の無断欠席は入学辞退とみなす」などの記載があれば、大学側は入学式の翌日をもって学生がその大学に入学することが「客観的に高い蓋然性をもって予測される」ということになるので、入学式の日までに明示または黙示に入学辞退があっても、原則「大学に生ずる平均的な損害」はないとしています。

以上を前提に最高裁は事案に対する判断をしています。同種の訴訟が多数提起され、高裁での判断が分かれていたものに統一的な解釈を示すもので、実務にも大きな影響を与えるものでしょう。