判例紹介 -歓送迎会後の事故と労災
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<ポイント>
◆労災とされるためには「業務遂行性」と「業務起因性」が必要
◆事業場外の飲み会等については業務遂行性認められにくい
◆このケースでは事情を総合判断して労災と認定

今回は、労働者が業務の途中で事業場外にて行われた研修生の歓送迎会に参加したあと、業務を再開するため自動車を運転して事業場に戻る際に、研修生をその住居まで送る途上で発生した交通事故により死亡したことが、業務上の事由による災害にあたる、とされた最高裁の裁判例(平成28年7月8日判決)を紹介します。

死亡した労働者の妻が労災申請をしたところ、この死亡は業務上の事由によるものではないとして、労働基準監督署長から労災補償の不支給決定を受けたため、妻がこの決定の取消しを求めて提訴したものです。

この裁判においては、第1審(東京地裁)と控訴審(東京高裁)はいずれも、歓送迎会は、中国人研修生との親睦を深めることを目的として、会社の従業員有志によって開催された私的な会合であり、死亡した労働者がこれに途中から参加したことや歓送迎会に付随する送迎のためにこの労働者が自主的に行った運転行為が事業主である会社の支配下にある状態でされたものとは認められないとして、本件事故による死亡は業務上の事由によるものとはいえないとし、妻の決定取消し請求を棄却しました。

一方、最高裁は、以下のように判断し、原判決を破棄したうえで、妻の請求を認容しました。

労働者が交通事故により死亡したことは、以下の事情を総合すれば、労働者は死亡事故の際、なお、会社の支配下にあったというべきであり、事故により死亡したことと運転行為との間に相当因果関係の存在を肯定できることも明らかであり、業務上の事由による災害に当たる。
(1)労働者が、業務の途中で歓送迎会に参加した後に事業場に戻ることになったのは、上司から歓送迎会への参加を打診された際に、業務に係る資料の提出期限が翌日に迫っていることを理由に断ったにもかかわらず、歓送迎会に参加してほしい旨の強い意向を示されるなどしたためである。
(2)歓送迎会は、事業主が事業との関連で親会社の中国における子会社から研修生を定期的に受け入れるに当たり、上司の発案により、研修生と従業員との親睦を図る目的で開催されてきたものであって、従業員および研修生の全員が参加し、その費用が事業主の経費から支払われるなどしていた。
(3)労働者は、事業主の所有する自動車を運転して研修生をその住居まで送っていたところ、研修生を送ることは、歓送迎会の開催にあたり、上司により行われることが予定されていたものであり、その経路は、事業場と住居の位置関係に照らし、事業場に戻る経路から大きく逸脱するものではなかった。

この事案の争点は、この死亡事故が「業務上」のものであるかどうかです。
労災保険法に基づく業務災害に関する保険給付は、労働者の「業務上」の負傷、疾病、障害又は死亡に対して行われるものであるからです。
そして、行政解釈は、「業務上」の判断について、①その負傷等の原因が「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態を条件として発生したこと(業務遂行性)が必要であり、②そのうえで、業務起因性が認められること(業務又は業務行為を含めて「労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態」に伴う危険が現実化したものと経験則上認められること、を要するとされています。
つまり、負傷等が「業務上」のものである、といえるためには、①負傷等が業務を行っているときに発生したものである(業務遂行性)か、②そのうえで、負傷等の原因が業務の結果として生じるものであったと経験則上もいうことができる(業務起因性)、という二つの要件を満たす必要があるということです。

本件については、事業場外で行われた、歓送迎会という本来の業務そのものではない会合に出席した後、業務の再開のために事業場に戻る途中に、研修生を車で送る途中に発生した事故であることから、会社の支配下にあるといえるのかどうか(業務遂行性)があったのかどうかが、主な争点となりましたが、裁判所は、前述のような事情を実質的に総合判断して、労働者が会社の支配下にあったものとして、「業務上」の事故であると認めました。

職場に関連して催された飲み会等については、業務の遂行性があるか否かの判断については、世話役等が職務の一環として参加する場合以外は、業務遂行性が否定される場合が多いのですが、本件においては、死亡事故は、業務と業務の間の時間帯において、上司の意向で歓送迎会に参加したのちに、上司が行うことが予定されていた参加者の送迎を行った際に起こったものであり、全体として業務の遂行性があると判断するのが妥当であると考えます。