<ポイント>
◆懲戒解雇が有効とされるケースでも退職金の不支給が無効となる場合がある
◆本件では少額の着服行為であっても退職金全額の不支給が認められた
◆退職金を不支給とするためにはその条件を定めることが必要
従業員による金銭の着服行為があった場合、どの程度の事実があれば懲戒解雇できるかまた退職金を支払わなくてよくなるのかは、企業が頭を悩ませるところです。
一度でも着服行為が発見された場合には、常習的に行われている可能性も高く、なにより着服行為が一度でも発覚すれば信頼関係はその時点で壊れている場合がほとんどです。しかし、あまりに少額かつ認定できた回数が少なければ懲戒解雇が無効とされる可能性があり、仮に有効とされても退職金の不支給が認められない場合があります。
今回はこの点についての最高裁判例(令和7年4月17日判決)をご紹介します。
本件は京都市バスの運転手が運賃の着服等を理由に懲戒免職処分(民間企業における解雇と同視しうるため、以下、「本件解雇」といいます。」及び退職手当等(以下、「退職金」といいます。)不支給処分を受けたため、これらの処分の取消を求めて訴訟提起した事案です。
第1審である京都地方裁判所は運転手の解雇の取消請求も、退職金の不支給の取消請求もいずれも棄却しました。
一方、控訴審である大阪高等裁判所は、本件解雇は有効としたものの、着服行為の被害金額が1000円であり、被害弁償もされていること、在職期間は29年に及び退職金の額が約1200万円であること、他の非違行為は認められなかったことなどを理由に、解雇は有効としたものの退職金不支給処分は取消しました。
これに対し、最高裁は以下のような判断を行いました。
退職手当支給規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等について、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を管理者の裁量に委ねているものと解され、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものというべきである(最高裁令和4年(行ヒ)第274号同5年6月27日第三小法廷判決・民集77巻5号1049頁参照)。
本件の着服行為は、公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したというものであって、それ自体、重大な非違(違法)行為である。そして、バスの運転手は、乗客から直接運賃を受領し得る立場にある上、通常1人で乗務することから、その職務の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請され、その観点から、京都市交通局職員服務規程(平成2年京都市交通局管理規程第3号の16)において、勤務中の私金の所持が禁止されている(20条)。そうすると、本件着服行為は、上告人が経営する自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものということができる。
また、本件喫煙類似行為についてみると、運転手は、バスの運転手として乗務の際に、1週間に5回も電子たばこを使用したというのであるから、勤務の状況が良好でないことを示す事情として評価されてもやむを得ないものである。
そして、着服行為に至った経緯に特段酌むべき事情はなく、運転手は、それらが発覚した後の上司との面談の際にも、当初は本件着服行為を否認しようとするなど、その態度が誠実なものであったということはできない。
これらの事情に照らせば、着服行為の被害金額が1000円でありその被害弁償が行われていることや、被上告人が約29年にわたり勤続し、その間、一般服務や公金等の取扱いを理由とする懲戒処分を受けたことがないこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る本件管理者の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。
実務的には、従業員の窃盗や横領行為の証拠を見つけるのはかなり難しいと言えます。
バスの運転手のような一人で業務を行う業務形態において、数十万円に至る着服の証拠を見つけることは現実的ではありません。
たとえ一度でも業務上扱う金銭を着服したという事実が発覚したということは重く見るべきであり、解雇や退職金不支給の判断にあたり、雇い主側の立証すべき事由のハードルを極端に上げるべきではないと考えます。
その意味で私はこの判例に賛成です。
この判例は公務員についてのものではありますが、私企業においてもこの考え方は妥当するものと思われ、今後の同種事案の参考になると考えます。
なお、退職金制度がある会社において退職金を不支給とするためには、本件のように退職金を不支給とする旨の条件を定めておく必要がある点には注意が必要です。
