<ポイント>
◆通報者を察知されないため、あえて一般的な調査をして証拠を発見することは有効
◆「聞き取り調査」で真実を述べさせるため、処分を緩める約束をすることも検討の価値あり
◆通報対象者に早期に弁明の機会を与えることも重要
「内部通報事務局」(以下単に「事務局」といいます)が事実調査の方法を立案し、あるいは調査を実施するにあたり、理解し、配慮しなければならないポイントがいくつかあります。これらのポイントを押さえて成果をあげるためには調査方法に工夫が必要になります。以下には、具体的にどのような工夫が考えられるかを述べていきます。
①通報者が誰であるかを知られないようにする事実調査
「会社には匿名」で通報された場合は当然ですが、顕名で通報された場合も、できるだけ通報者が特定されないように事実調査を進めることが求められます。
そのために、問題部署だけでなく複数部署で一般的、定例的な調査であるように装って調査し、その過程で通報された違法行為等の証拠を発見することが有効な方法となります。
例えば、ある部署で架空売買による売上げの水増しがされているとの通報があったとすると、内部監査室が通常の監査業務を各部署で行い、その過程で出荷伝票や納品書などの証票類をチェックして架空売上げを発見するという方法です。
また、贈賄や公正競争規約(事業者団体等が自主的に設定する業界の公正な競争のためのルール)に違反する接待などの不正、不適切な経費支出の通報があったとすると、通報対象者の勤務する部署全体またはそれを含む大きな部門全体で一斉に経費の使用について部署長や部門長による領収書などの調査を行わせて不適切な経費支出を発見するという方法です。
その他、証拠書類等が存在しないことの多いカルテルや談合などの場合、会社が重点調査項目としてカルテルや談合を掲げて、対象部署及び関連部署の職員全員について聞き取り調査を実施する、などという方法もあります。
また、聞き取り調査にあたって、調査が行われていること自体を知られないような工夫が必要となる場合もあります。たとえば、被通報者が、その同僚や部下に対する聞き取り調査が行われていることを知ると、証拠を隠滅する可能性がある場合です。そのような場合、聞き取り調査にあたって、時間(勤務時間中に行うのかどうか)、場所(社外に設ける必要はないのか、聞き取り調査の対象者が遠方の場合にどうするか)、呼出方法などについて事務局は慎重に検討する必要があります。
被通報者による証拠隠滅の懸念があれば、その同僚や部下への聞き取り調査は勤務時間外に社外で実施した方がいいことが多いでしょうし、また、呼び出し方法も被通報者に疑念を抱かせないような理由をつけてその上司などから調査対象者に連絡してもらうような工夫も必要でしょう。
②客観的な証拠を収集することを重視する事実調査
事実調査においては関係者に対する「聞き取り調査」が最も重要であることはこれまで述べてきた通りですが、供述(聞き取り調査)に依存しすぎてはなりません。確度の高い事実認定をするためには、書面やデータ(帳簿、領収書、納品書、メモ、電子メール)などの客観的な証拠を収集することは重要です。
③関係者が真実を述べるように工夫する事実調査
「聞き取り調査」において関係者が真実を述べるようにするために、まずは、「聞き取り調査」の対象とされた社員はそれに誠実に協力する義務、真実を述べる義務がある、ということを規程やマニュアルに明記しておくことです。これによって事実を隠蔽する動機が弱められます。しかし、義務を強調しすぎるのもよくありません。進んで「聞き取り調査」を受けようとする者がいなくなるからです。バランスの取れた運用をしなければなりません。
その上で、信頼できる情報を得るために、違法行為を見て見ぬふりをしていた社員やいわば共犯者的な立場にある社員、場合によれば主犯格の違法行為者に対しても、情報を提供することを条件に社内の処分を緩める約束をする、という方法があります。
例えば、カルテルや談合などの場合、書類やデータなどの証拠が見つからない、またはそもそも存在しない場合があります。また、関係者が口裏合わせするなど真実を述べないこともあります。そういう場合に、進んで情報を提供することを条件に、違法行為等に対する処分を緩め、そのことを約束することが考えられます。これも検討に値する工夫です。
もちろん、この方法をとるかどうかは事務局が決めることではなく、処分決定権者による決定が必要となります。
④守秘義務を告知したうえでの事実調査
これは、通報者が知られないようにするためにも、被通報者のプライバシーを守るためにも必要なことです。多くの内部通報規程やマニュアルに記載されていますが、それにとどまらず、例えばセクハラ案件のような場合には守秘義務を守る旨の誓約書を提出させることが必要な場合もあります。
⑤被通報者の立場にも配慮した事実調査
通報者の立場を擁護するためとは言え、いつまでも被通報者に伏せたまま事実調査を進めることは被通報者に対してフェアでないかもしれません。被通報者に通報の事実を説明して弁明の機会や証拠(反証)提出の機会を与えることも(こういう規定をおいている会社は多くはないようですが)考慮しておく必要があります。
このような手続きを踏んで初めて事実調査によって採取した証拠による事実認定が可能になり、また、調査結果に対する社員の信頼感が高まるのです。