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◆YouTubeにおいて著作権侵害申告することは不正競争防止法2条1項21号(虚偽告知)、同法4条に基づく損害賠償「以外に」民法709条に基づく不法行為が成立するのか(消極)
今回は、知的財産高等裁判所令和7年2月19日判決(令和6年(ネ)第10025号、令和6年(ネ)第10039号 損害賠償請求控訴事件、同附帯控訴事件)のご紹介をします。
1 事案の概要
控訴人(動画配信者)が動画配信サービスYouTube上で動画1~5(リアルタイムで棋譜情報を配信する動画)を公開していたところ、被控訴人である(株)囲碁将棋チャンネルが、動画配信者に対し、各動画が(株)囲碁将棋チャンネルの著作権を侵害しているとの申告(本件著作権侵害申告)を行い、この申告に基づき控訴人各動画がYouTubeから削除された。(株)囲碁将棋チャンネルはYouTubeやCS(衛星放送)で囲碁及び将棋を中心としたコンテンツを有料で配信、放送する株式会社である。なお、いずれの動画も動画配信者が後にYouTubeに異議申立てを行い復元されている。
動画配信者は、本件著作権侵害申告は不正競争防止法2条1項21号の虚偽告知行為に当たるとともに、動画配信者の人格的利益を侵害する不法行為にも当たると主張し、不正競争防止法4条及び民法709条に基づき、損害賠償金183万1500円とその一部について遅延損害金の支払を求めた事案である(遅延損害金の起算日はいずれも、被控訴人の本件著作権侵害申告により控訴人の動画がYouTubeから削除された日である。)。
2 原審の判断
原審(東京地方裁判所令和5年(ワ)第70052号)は、動画配信者の請求のうち、1万8111円及び一部の遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却した。ただし、原審において、(株)囲碁将棋チャンネルは、不正競争防止法及び不法行為(ただし、原告主張に係る人格的利益が民法709条にいう「法律上保護された利益」に該当するかどうかという争点を除く。)に関する侵害論は、争わないと答弁しており(第1回弁論準備手続調書)、また過失の存在も積極的に争っていないため、控訴審でもこれを前提とした判断がなされている。
3 YouTubeにおける著作権等の侵害対策
グーグルが提供するYouTubeでは、ユーザーがアップロードする動画による著作権侵害への対応として、投稿された動画に対して第三者が著作権侵害による削除通知(著作権侵害申告)を行うことができる。
グーグルは、当該通知が無効でなければ、動画の投稿者の意見を求めることなく、当該動画を削除(配信停止)する。
動画の投稿者は、当該動画の配信の再開を求めるのであれば異議申立てを行うものとされている。
このようなYouTubeの著作権侵害に係る制度は、グーグルによるYouTubeの動画配信に関する規定・ポリシーの一つとされている。
4 知的財産高等裁判所の判断
知財高裁は、控訴人、被控訴人のいずれの控訴も棄却し、原審の判断を維持した。すなわち、動画配信者の請求のうち、1万8111円及び一部遅延損害金の支払を求める限度で認容している。
(1)知財高裁は、「著作権侵害が何にも関わらず著作権侵害申告がされて一定期間YouTubeにおける動画の公開が停止された場合、不正競争防止法2条1項21号(虚偽告知)、4条に基づく損害賠償以外に不法行為が成立するのか」の争点について次のとおり判断し、不法行為の成立を否定した。
(2)原則
「著作権侵害申告がされると、一定期間YouTubeにおける控訴人各動画の公開が停止されるが、インターネット上で動画配信サービスを提供するウェブサイトはYouTube以外にも存在しており(乙6)、それらのウェブサイトを通じて動画を公衆の閲覧に供して表現活動を行うことは可能であり、YouTubeでの動画の公開が停止されたことによって、インターネット上で動画を公衆の閲覧に供する手段がなくなるわけではない。
YouTubeはグーグルという私企業が提供する動画配信サービスであり、動画の投稿者は、投稿のためにグーグルに代金を支払う必要はなく、むしろ、動画の閲覧数に応じて、YouTubeで流される広告からの収入の分配を得ることができる。グーグルはYouTubeの動画配信に関する規定、ポリシー及びガイドラインを定めてこれらを公表しており、動画の投稿者は、これらの規定やポリシー等の範囲内で、動画の投稿を行うものとされている。そして、グーグルは、YouTubeにおける動画による著作権侵害への対応として、投稿された動画に対して第三者が著作権侵害による削除通知(著作権侵害申告)を行った場合、当該通知が無効でなければ、動画の投稿者の意見を求めることなく、当該動画を削除(配信停止)し、動画の投稿者は、当該動画の配信の再開を求めるのであれば異議申立てを行うものとしており、このようなYouTubeの著作権侵害に係る制度は、グーグルによるYouTubeの動画配信に関する規定・ポリシーの一つであるといえる。そうすると、YouTubeに動画を投稿する者は、著作権侵害への対応について上記のような制度設計をしているYouTubeを自ら選択して、代金の支払をすることなく動画投稿を行い、閲覧数に応じて広告収入の配分を得ているのであって、著作権侵害申告に対して上記のような対応がとられることを前提として、著作権侵害に関する上記制度を含むものとしてのYouTubeのシステムを利用していると認められる。
そうであるとすれば、YouTubeの著作権侵害に係る制度に則っていることを前提として、著作権侵害がないにも関わらず著作権侵害申告がされて一定期間YouTubeにおける動画の公開が停止され、著作権侵害があると考えて著作権侵害申告したことについて過失がある場合、一定期間動画が削除(配信停止)されたことにより、動画の配信がされていれば得られるはずであった収入を得られなかったという経済的損害について不正競争防止法2条1項21号(虚偽表示)、4条に基づく損害賠償が認められるとしても、それ以外に動画投稿者の表現の自由その他の権利又は法律上保護される利益が違法に侵害されたとは認められず、不法行為の成立は認められないというべきである。」
(3)例外
他方で、例外的に不法行為が認められるケースとして以下の事情をあげています。
「著作権侵害がないことを認識しながら、特定の動画投稿者について多数回にわたって著作権侵害申告を行い、動画の公開を妨げるような場合や、著作権侵害がないことを明確に認識してなくとも、著作権侵害申告を行う目的やそれに伴う行為の態様等の諸事情に鑑み、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合は、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたものとして、例外的に不法行為の成立が認められる場合があるというべきである。」
(4)本件についいての検討(結論)
知財高裁は、本件について「被控訴人は著作権侵害のないことを認識しながら意図的に著作権侵害申告を行ったものではなく、基本的にYouTubeの著作権侵害に係る制度の範囲内での行動にとどまっていたといえるから、著作権侵害を防ぐとの目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合に該当」しないとして、動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたとは認められず、不法行為の成立が認められる場合には該当しないと判断した。
5 関連事件
本件の関連事件として、大阪高等裁判所令和7年1月30日判決(令和6年(ネ)第338号、同第1217号 不正競争行為差止等請求控訴・同附帯控訴事件)がある。
当該事件では、大阪高等裁判所は「少なくとも控訴人(筆者注−(株)囲碁将棋チャンネル)が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人(筆者注−動画配信者)による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである」等と認定して、「被控訴人による本件動画の配信は、控訴人の営業上の利益を侵害する違法なものであって不法行為に該当し、これによって得られる利益は法律上保護される利益に該当しないから、本件動画の配信との関係では、被控訴人には不競法によって保護されるべき『営業上の利益』も『営業上の信用』も存在するとはいえない」と判断している。
結論として動画配信者からの(株)囲碁将棋チャンネルに対する不競法2条1項21号該当の不正競争を前提とする同法4条に基づく損害賠償請求等、及び不法行為に基づく損害賠償請求のいずれも理由がないと判断している。
原審である大阪地方裁判所令和6年1月16日 判決(令和4年(ワ)第11394号)の判断を覆したものである。