<ポイント>
◆第三国開設の親族名義口座を使用した海外居住者の取引に課徴金納付命令が
◆金融庁職員(裁判官が出向)、東京証券取引所職員、信託銀行職員の告発案件も
◆課徴金額引き上げの検討開始
証券取引等監視委員会は、2008年(平成20年)から毎年公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」を2025年(令和7年)6月24日に公表しました。
この課徴金事例集によると、令和6年度(令和6年4月から令和7年3月)に課徴金納付命令を出すよう勧告が行われたインサイダー取引件数は12件(7事案。1事案で5件の勧告事案があったため)と昨年とほぼ同じ件数となりました(インサイダー取引規制の概要については拙稿「インサイダー取引をさせないための社内対応」参照)。
課徴金額も1件あたり平均約500万円となり、過去の平均額よりも相当に増額となりました。
今回の課徴金納付命令事案7事案のうち公開買付が関係するのは1事案ですが、後述する告発事案3件は公開買付が関係しており、上記令和6年度のインサイダー取引規制違反件数は合計すると10事案となりますので、公開買付が関係する事案は4事案と依然として大きな割合を占めます。昨今の事業再編の流れが続いているためと思われます。
本年度の課徴金納付命令事案としては、新株発行を重要事実とする案件が2事案で6件あったことが特徴の一つといえると思います。
そのうちの1件は、発行会社が第三者割当てによる新株発行の契約締結交渉をしていたところ、新株引受人側の契約締結交渉者が、取引推奨や情報伝達をして、被推奨者、被伝達者が発行会社の株を買い付けたものです。
本件は、1事案で5名もの違反者がおり、その中には弁護士が含まれており、また、課徴金額が高額な者も含まれている悪質性の高い事例といえるものでした。
今回の事例集でも、昨年と同様に国際案件がありました。
事案は、大韓民国に居住していた者が、出前館とLINEの業務提携による第三者割当による新株発行という重要事実の伝達を受けて、第三国に開設した親族名義の証券口座において出前館株式を買い付けたというものです。
事案自体は相当以前のもので、令和2年3月26日にLINEが出前館の新株を取得することが公表されましたが、それ以前に出前館と株式引受契約等の交渉に関してLINEの新株引受を知ったLINEの従業員から、その事実の伝達を受けたLINE子会社の従業員(大韓民国居住)が上記株式買付けをおこなったものです。
本件は、日本でも居住国の大韓民国でもない第三国で、親族名義で開設した証券口座を利用した国際的なインサイダー取引ですが、証券取引等監視委員会は香港、大韓民国、シンガポール、タイ、アメリカの各金融規制当局から支援を受けて実態解明を行い、課徴金命令の勧告にいたったということです。
また、今回の事例集の期間内には、金融庁職員(裁判官が出向)、東京証券取引所職員、信託銀行職員によるインサイダー取引きについて告発され、起訴されています。一部はすでに有罪判決がされています。
金融庁職員の案件は、企業が実施する株式公開買い付け(TOB)に関する情報を扱っていた職員がTOBの対象会社である10銘柄を約950万円で買い付けたというものです。
東京証券取引所職員の案件も同様に、東京証券取引所に提供される重要情報を扱う部署に勤務していた職員がTOBの対象会社である3銘柄を約1700万円で買い付けたというものです。この案件では、同職員は父親にTOBを伝えて父親が買い付けました。
信託銀行職員の案件は、令和4年12月から令和6年7月にかけて3銘柄3200万円で買い付けたものです。同職員も未公開のTOB情報に接する立場にあり、TOB情報が公表される前に買い付けたというものです。
本来、ゲート・キーパーたる立場にある者に対する立て続けの告発、起訴が行われたものであり、今年の重要な特徴といえるものです。
インサイダー取引を抑止するため、金融審議会は課徴金を引き上げる検討に入ったということです。具体的な改正内容はこれから決められると思いますが、現行の得た利益から算出する方法を懲罰的な計算方法にすることが検討されているようです。