<ポイント>
◆賃借物の通常損耗について、賃借人は原状回復義務を負わないのが原則
◆ただし、特約により通常損耗についても賃借人に原状回復義務を負わせることは可能
◆特約を定める際は、通常損耗についても賃借人が原状回復義務を負うこと、原状回復義務を負う通常損耗の項目、範囲、金額等を明示すべき
賃貸借契約が終了し、物件を明け渡す際、賃借人は物件を賃貸借開始時の状態に戻す原状回復義務を負います。しかし、この範囲や費用負担については、賃貸人と賃借人との間で争いになることがしばしばあります。
賃借人の原状回復義務について定めた民法621条をみると、通常の使用及び収益によって生じた損耗(通常損耗)や経年変化(経年劣化)、賃借人の責めに帰することができない事由による損傷について、賃借人は原状回復義務を負わないとされています。
ただし、当該規定は任意規定であり、特約によって通常損耗や経年劣化についても賃借人に原状回復義務を負わせることは可能です。
このような特約の有効性について、最高裁平成17年12月16日判決は、①賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、②仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である、と述べています。
賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定され、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分は賃料の中に含まれており、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるため、本判決は特約の有効性を厳格に解したものといえます。
本判決の事案においては、賃貸借契約の中に修繕費負担区分表に基づいて補修費を負担するとの条項があり、当該修繕費負担区分表には、補修の対象部位・場所ごとに、補修の範囲、補修の対象となる状態、補修方法、補修費の負担者が定められていました。しかし、最高裁は、当該条項において特約の内容が具体的に明記されているとはいえず、当該修繕費負担区分表においても通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえないとして、特約の成立を否定しています。
本判決を踏まえると、特約を定める際には、特別損耗のみならず通常損耗や経年劣化についても賃借人が原状回復義務を負うことを明確にした上で、賃借人が原状回復義務を負う項目、範囲を明示しておく必要があります。また、賃借人が自らの負担額を予測できるように、項目ごとの原状回復費用の単価や計算方法等についても明示しておいた方が安全であるといえるでしょう。