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◆特許法69条3項の規定により、医師である被控訴人が本件において特許請求の範囲記載の3成分が同時に含まれる薬剤を調合した行為には、特許権の効力は及ばないか(否定)
今回は、知財高裁令和7年3月19日判決(大合議事件判決・令和5年(ネ)第10040号損害賠償請求事件)を取り上げます。その前に医療関連行為発明の特許法上の取り扱いについて簡単に説明します。
1 医療関連行為発明の特許法上の取り扱いについて
医療に関連する発明としては(1)医療機器の発明(2)医薬品の発明、さらに(3)治療等の方法の発明などが想定されます。こうした中で特許法69条3項の規定の位置づけを確認します。
(1)医療機器の発明、「物の発明」、「方法の発明」として特許権の対象となりえます。
(2)医薬品の発明
医薬品も、他の化学物質と同様、特許権の対象となりえ、物質特許、製法特許、用途特許、製剤特許などがあります。
(3)医療関連行為
医療機器や医薬品が特許権の対象となりうるのに対して、人間を手術、治療又は診断する方法であるいわゆる「医療行為」については、特許権の対象としない運用が行われています。すなわち、特許・実用新案審査基準では「3.1産業上の利用可能性の要件を満たさない発明の類型」として「(ⅰ)人間を手術、治療又は診断する方法の発明」をその一つとして上げています。
ただし、こうした運用については先端医療ビジネスの分野からの見直しの要請などがあるようです。
(4)特許法69条3項の免責規定
かつて、昭和50年法律第46号による改正前特許法は、「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」を、特許を受けることができない発明としていました(同改正前の法32条2号)。同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたと考えられます。
このとき併せて、特許法第69条3項の規定により、医薬の調剤行為とその調剤行為により製造される医薬に関しては、特許権の効力が及ばないものとされました。これは、調剤行為等に特許権が及び、差止の対象となるという事態を回避するために設けられた規定です。この規定が設けられたのは、(ア)調剤行為を行う者は処方せんに従うしかない、(イ)医師等はその都度その混合方法が特許権と抵触するか否かを判断することは困難である、(ウ)医師等の調剤行為は患者たる国民の健康を回復せしめるという特殊な社会的任務に係るものである、という事情が考慮されたようです。
2 前掲知財高裁令和7年3月19日判決
(1)事案の概要
控訴人は、発明の名称を「皮下組織および皮下脂肪組織増加促進用組成物」とする本件特許(特許第5186050号)の特許権者です。本件特許発明は、a)自己由来の血漿(けっしょう)、b)塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FG F)、c)脂肪乳剤の3つの成分を含有する「豊胸用組成物」の発明でした。
被控訴人は、医師であって、本件クリニックにおいて豊胸手術等の美容医療サービスを提供していました。
本件は、被控訴人が血液豊胸手術に用いるために上記3つ薬剤を調合して一の薬剤としたことが本件特許権を侵害する行為に当たるとして、控訴人が、被控訴人に対し、損害賠償を求めた事案でした。
(2)知財高裁の判断
本件の争点の一つとして、調剤行為の免責規定(特許法69条3項)の適用により、本件特許権の効力は被控訴人には及ばないのかがありました。
知財高裁は、この争点について、「本件発明は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」には当たらないから、・・・法69条3項の規定により本件特許権の効力が及ばないとする被控訴人の抗弁には理由がない」と判示しました。要旨以下の3点を理由にしています。
ア 豊胸の目的は、主として審美にあるとされており、現在の社会通念に照らしてみても、本件発明に係る組成物は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のいずれかを目的とするものと認めることはできない。
イ 豊胸手術を要する状態を一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。
ウ 法69条3項の趣旨は、「医薬」の調剤は、医師が、多数の種類の医薬の中から人の病気の治療等のために最も適切な薬効を期待できる医薬を選択し、処方せんを介して薬剤師等に指示して行われるものであり、医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらない。
【参考条文】
特許法69条3項
二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。