<ポイント>
◆ジェンダーハラスメントとは性差別的な一定の価値観を押し付けること
◆本判決はジェンダーハラスメントを違法とし損害賠償義務を認めた
◆企業はジェンダーハラスメントについても防止措するよう留意すべき
今回は、同僚の警察官による性差別的な価値観に基づく言動につき違法性が肯定された判例-警察官セクハラ損害賠償事件(東京高裁2023年(令和5年)9月7日)をご紹介します。
この事案の概要は以下のとおりです。
女性警察官Xが、職場の同僚である男性警察官Yから、執務室や懇親会、送別会等の場において、卑猥な言動や性差別的な言動を繰り返されるというハラスメントを受けたことにより、Xの人格権を侵害され、精神的損害を被ったと主張して、Y個人に対し、不法行為(民法709条)に基づき、損害賠償請求を行いました。
研修後の懇親会における発言につき、Yが氷かワインを運んできたXに対し、「Xちゃん可愛いところあるやんか。」「普段からそうしてや」などと発言したことが認定されました。
また、送別会において、XがYに対して「男と女はどう違うんですか。」などの問いかけに対し、Yが「これはセクハラに当たるかもわからんけど、男はオチンチン付いとんのや。」、「チンチン付けてたら男らしさも必要や。」「女性は違うやろ。優しさちゅうのもあるやろ。」「女性はかわいいとか、やさしいとかあるやん。それぞれの特長を生かして仕事もせな。」「(Xも)かわいいとことかあるやん。」などと発言したことも認定されました。
Yは公務員ですので、これらのYの発言が職務行為と関連する場合は、国家賠償法により、個人責任は問われません。ただ、この事案における上記の発言は職務行為とは認められず、Y個人に対する民法上の損害賠償請求の対象となるとされました。
なお、第1審の東京地裁では、「Xちゃん可愛いところあるやんか。」「普段からそうしてや」などの発言は相手への感謝を伝える際に付け加えて述べたもので、強い口調で押し付けているのでもないとし、また、「チンチン付けてたら男らしさも必要や。」「女性は違うやろ。優しさちゅうのもあるやろ。」等の発言はXの問いかけに対してY自身の見解として述べたものであり、いずれもXの人格権を侵害するような社会的相当性を欠く違法な行為ではない、と判断してXの損害賠償請求を認めませんでした。
それに対し、東京高等裁判所は、これらのYの発言は性差別的な一定の価値観をXに押し付ける内容の発言であり、また、一部発言が露骨に男性器に言及しているなどとして、いずれも、社会通念上許容される限度を超えているとして、各発言により不快感を抱いたXに対しては、Xの人格権を違法に侵害するものとして、不法行為が成立すると認定されYに対して、慰謝料として30万円、弁護士費用として3万円を支払う義務があると判断しました。
この判決の着目すべきところは、性差別的な一定の価値観を押し付ける内容の発言(いわゆるジェンダーハラスメント)についても違法なハラスメント行為に該当しうるとして、損害賠償の対象になると明確にした点です。
いわゆるジェンダーハラスメントとは、「男らしさ」「女らしさ」といった性別に基づく固定観念を反映した言動のことをいいます。
例としては、「女性なんだから、もっと優しい話し方をしたらいいのに。」とか、「男のくせに小さいことにくよくよしてだらしがない。」などの、男だから、女だから、こうあるべきという性差に基づく一定の価値観を押し付けるものがあります。
また、「さすが女性だ。細やかなところに気がつくね。」や、「やっぱり男だね。やるときはやるね。」などの表面上は肯定的に聞こえる言葉もジェンダーハラスメントになると言われています。これらの言葉も、男性、女性、に対する固定観念に基づき相手に価値観を押し付けるものであって、個々人の個性をないがしろにし、職場における働きやすさを阻害するものだからです。
このような固定観念を推し進めると、女性は職場の花であればよい、とか、女性は大きな決断はせずに男性の補助的な役割を行えばよい、というような考えにつながりかねず、女性が大きな責任を負う仕事がしづらくなるという弊害もあります。
男性にとっても、男性であるがゆえに、強さや決断力を求められても、そのようなことは、個人の特性によりますし、人間である以上常に強くあることは難しいので、無理な要求をされて理不尽なプレッシャーを与えられるのは好ましくありません。
この事案では、国家賠償法の関係で個人の責任を追及される行為が限定されたために、一部露骨な性的表現が含まれるものの、その大半がいわゆるジェンダーハラスメントに該当する言動について損害賠償請求が認められたもので、その点に意義があります。
私は、これまでハラスメントの研修会などで、ジェンダーハラスメントについて説明するときに、これが独立して損害賠償の対象となる可能性は低いと思うが、働きやすい環境を作るうえでこのような発言を避けたほうがよい、というように説明していましたが、今回のような裁判例が存在することで、ジェンダーハラスメントについても企業が防止措置を取る責任はさらに重くなったと言えます。