TOBと企業防衛(北越製紙の事案について)

 池田 佳史

2006年08月01日

現在、会社法に関する話題で最も世間の耳目を引いているのは、王子製紙による北越製紙へのTOB(株式公開買付け)の表明でしょう(7月27日現在未実施)。
当事者として登場しているのはこの2社と三菱商事です。3社の関係をシンプルに整理すると、北越製紙は三菱商事に新株を発行して発行済み株式の約24%を取得させ、かつ同社と事業提携しようとしており、他方、王子製紙は北越製紙にTOBをかけて最終的には発行済み株式全部を取得しようとしている、ということです。3社の関係とそれぞれの立場については7月25日の日経新聞に詳しく述べられています。

会社法では、新株発行は株主総会の決議によるのが基本です(199条2項)が、公開会社の場合には取締役会の決議で足るというのが基本です(201条)。
しかし、取締役会決議による新株発行には例外があり、特に有利な価格で株式を発行するときを除外しています。このときは原則に戻って、株主総会で出席株主の3分の2以上の賛成による決議(特別決議)を経なければなりません。
したがって、三菱商事に対する新株発行が特に有利な価格でなされると判断される場合、北越製紙は臨時株主総会を開き、その特別決議を経なければなりません。

新聞によると、北越製紙は三菱商事への発行価額を1株607円としており、他方、王子製紙はTOBによる買取価格を1株860円と発表しています。
仮に860円が北越製紙の株式の価値として正しいとすれば、607円は三菱商事に有利な価格となり、北越製紙は株主総会の特別決議なくして新株発行ができないということになります。
逆に607円が正しいとすれば、北越製紙は、資金調達の必要性など合理的な理由がある限りは、取締役会決議だけで新株発行できることになります。その結果、三菱商事が北越製紙の発行済み株式の約24%を取得します。この場合にも王子製紙がTOBを実施したと仮定して、同社が取得できるのは最大でも発行済み株式の76%となり、王子製紙は少なくとも67%の北越製紙株を取得しなければ100%子会社化を確実にすることができません。なぜなら株主総会の特別決議、すなわち出席株主の67%の賛成があれば株式交換を決議でき、100%子会社化が実現できますが、これに満たなければ株式交換を決議できないからです。
王子製紙は、三菱商事への新株発行がされた場合、76%のうちの67%の北越製紙の株式を取得する必要があるのに対して、そうでない場合には100%のうちの67%の取得でいいということになります。論理必然ではありませんが常識的に見て、後者の方が前者よりも成功の確率が高いものといえます。その意味で三菱商事への新株発行は王子製紙による企業買収への防衛策として機能するともいえます。

このように、王子製紙がTOBにより北越製紙を完全子会社化するためには、三菱商事への新株発行を阻止する必要性が高いものといえます。
王子製紙は、三菱商事への新株発行が撤回されることをTOB実施の条件としているようです。
ここでいう撤回には北越製紙による自主的な撤回だけでなく、裁判所の決定による差し止めも想定できます。
王子製紙は既に3%(信託分を含む)の北越製紙株を保有しているとのことなので、株主の地位に基づき、三菱商事への新株発行の差し止めを求め、裁判所に仮処分を申請することが考えられます。その根拠は一つは、新株発行が「有利発行である」として、本来必要な株主総会の特別決議なくしてなされるのは無効だということです。もう一つの根拠は、新株発行の合理的な理由がなく、経営陣の保身のためであるから「著しく不公正な方法による発行だ」ということです。新聞報道によれば、資金調達の必要性が一応は認められるということですので、この後者の主張は難しいでしょう。ただ、今回の新株発行が、王子製紙から北越製紙に対して業務提携の申し出がなされた後に行われたということであれば、その目的が「経営陣の保身のため」であると裁判所が認定する可能性もありえます。

さらに、三菱商事への新株発行が撤回された場合でも、北越製紙は新株予約権の無償割当てにより、王子製紙のTOBに対抗することが考えられます。
北越製紙は、王子製紙が北越製紙の大株主になる前に、既存株式1株につき最大で2株を発行する新株予約権を無償で割り当てることを公表しています。新株予約権の無償割当ては取締役会決議だけでできますので、これが実施されると王子製紙は北越製紙を完全子会社化するに足る株式数を取得できなくなる可能性がありますし、過半数すら取得できないかもしれません。
これに対して王子製紙は新株予約権の無償割当て阻止に動くでしょうが、その場合、問題は、この防衛策導入が王子製紙からの業務提携申し出後に行われたのではないかということです。
仮に防衛策導入が業務提携申し出後だったとすると、経営陣がその申し出時点で初めて企業防衛の必要性を認識し、自らの保身のために防衛策を導入したと認定されかねません。そうなるとこの防衛策は合理性を欠くものとして認められないということになるかもしれません。フジテレビ対ライブドアのケースと同様です。
北越製紙の主張では、王子製紙の申し出は単なる打診であって、正式な業務提携の提案ではなかったということですが、この点は重要な争点となりそうです。