東芝(うつ病・解雇)事件

 池野 由香里

2014年09月15日

<ポイント>
◆労働者から精神的健康に関する情報の申告がなかったことをもって過失相殺できない
◆業務を離れた後疾患が治癒しないことは賠償額を減らす理由とはならない
◆疾病の業務起因性に関する判断は慎重に行うべき

現代において従業員のメンタルヘルスの問題を抱えていない企業はまれです。
一般に、精神疾患を患った従業員が休職期間を満了しても復職できない場合、疾病が業務に起因する場合には法律上解雇はできませんので、その精神疾患が業務に起因するものか否かの判断が解雇を選択するかどうかの分かれ目になります。
人事担当の方はその判断に苦労されていることが多いのですが、的確な対応をするためには裁判所の考え方を理解することが重要です。

今回は、うつ病に罹患した従業員を休職期間満了により解雇した事案についての最高裁判所の判決をご紹介します。

裁判所で認定された事実関係は以下のとおりです。少し長いですが、この種の事案では時系列にそった事実関係が重要なためやや詳しく述べます。
遅くとも平成12年11月ころから、会社は世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期で立ち上げるというプロジェクトを立ち上げ、従業員はその一つの工程において初めてプロジェクトリーダーとなりました。
従業員がプロジェクトリーダーに従事中、休日に出勤することも多く、帰宅が午後11時を過ぎることも増えました。従業員は、会社が開設する社外の電話相談窓口に相談したのを契機に、平成12年12月、神経科の医院を受診し、神経症と診断され、薬を処方されました。
短期間での製造ラインの立ち上げを目指していたこともあり、プロジェクトの立ち上げ後平成12年12月から平成13年4月の従業員のうつ病発症前5か月間の法定時間外労働は月平均70時間弱でした。
平成13年3月と4月に時間外超過者健康診断を受診し、頭痛・めまい・不眠などが時々あると回答しましたが、産業医は特段の就労制限を要しないと判断しました。
同年4月に従業員は神経科の医院を受診し、不眠等を訴え、不安感や抑うつ気分も認められ、薬を処方されましたが、うつ病に罹患しているとの確定的な診断はされていませんでした。従業員はふらふらと疲れているという自覚を持っていましたが、職場の同僚などにはその事実を言ったことはありませんでした。
同年5月、業務量が減ったことを理由に、従業員に対してはその理由の説明がないまま、プロジェクトの担当者が1名減らされたうえ、同月中旬には従業員の職務として別の開発業務等が追加されました。
なお、このころには同僚から見ても従業員の体調の悪さがみてとれました。
同月下旬から、従業員は激しい頭痛により1週間以上を含む相当の日数を欠勤しました。
同年6月上旬には従業員は時間外超過者健康診断を受診し、頭痛・めまい・不眠等の症状があることを回答しましたが、産業医は特に対応はしませんでした。また、同月中旬に定期健康診断を受診し、いつもより気が重くて憂鬱になるなどの13項目の欄に印をつけて申告しました。
同月下旬には、従業員が体調不良のため上記の開発業務の担当を断ろうとしましたが上司の承諾が得られず、その後も負担軽減はされませんでした。
同年7月28日から従業員は再び有給休暇を取得して休養をとり、8月7日に出勤しましたが、上司や同僚からは元気がなく普段とは違う様子であることが認識されました。
そこで同年8月10日上司の勧めにより会社のメンタルヘルス相談を受診し、主治医の助言を受け休養を要する旨の診断書を提出するとともに欠勤するようになりました。
平成15年1月10日、従業員に対して休職が発令され、平成16年8月6日、休職期間満了を理由とする解雇予告通知がなされ、同年9月9日付で解雇されました。
その後も従業員はうつ病が寛解していません。

従業員はうつ病に罹患したのは過重な業務に起因するものであり、会社の安全配慮義務違反によるものとして、従業員たる地位確認(解雇無効)及び損害賠償請求訴訟を提起しました。

第1審である東京地裁は、従業員の主張をほぼ認め、解雇の無効と損害賠償義務の一部を認めました。
第2審である東京高裁は、解雇無効の判断は維持したものの、①従業員が平成12年12月に神経科を受診し、神経症と診断されて、薬の処方を受けるなどしていたことを会社や産業医に申告しなかったことなどの事情は会社がうつ病発症の回避措置等をとる機会を失わせる一因となったもので過失相殺をすべき事情であるといわざるを得ず、かつ、②従業員が平成12年6月ないし7月には慢性頭痛(筋収縮性頭痛)との診断名で神経症における抑鬱に適応のある薬等の処方を受けていることや平成12年12月には神経症と診断されて薬の処方を受けていたこと、業務を離れて9年を超えて寛解に至らないことから従業員には個体側のぜい弱性が存在したと推認され素因減額するの(被害者のもともとの要因が損害を拡大させたとして損害額を減額する)が相当であるとして2割の過失相殺を行いました。

最高裁判所は、原審の過失相殺及び素因減額のいずれも認めませんでした。
その主な理由は、以下のとおりです。
①自らの精神的健康に関する情報は、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であり、使用者は労働者からの申告がなくてもその健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている。労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提に、労働者への心身の健康への配慮に努める必要がある。
②うつ病は過重な業務によって発症し増悪したものであり、業務を離れた後も複数の訴訟等が長期にわたり続いたため心理的な負担を負っていたのであるから、従業員について、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたということはできない。

なお、うつ病の業務起因性の有無について、会社側は、1審において、「恒常的な長時間労働であったとまではいえない」などと主張しています。
しかし、初めてのプロジェクトリーダーを任された従業員が月平均70時間程度の法定時間外労働を5か月行った後、体調を崩して業務の軽減を依頼し、産業医に対してもたびたび頭痛・めまい・不眠の症状を告げていたにもかかわらず、業務上の負担の軽減がなされずにうつ病を発症したという本件のような事案では、業務起因性がかなりの確率で疑われるはずです。
判決の内容を検討して遡って考えてみれば、おそらく平成13年5月に同僚からみても体調の悪さがみてとれた、あるいは同月下旬の欠勤の時点で会社は業務の軽減などの措置を取るべきだったということになるのでしょう。
仮にその時点で負担軽減等の措置をとりえなかったとしても、うつ病に業務起因性がある可能性のあることをふまえ、休職期間の満了をもって解雇するのではなく、従業員と話し合いながら休職期間の延長措置などを講ずるほうがよかったように思います。
一般論としては、就業規則においても、業務起因性の判断において慎重さが求められる場面において休職期間を延長することが可能となるような定めをしておいたほうが望ましいでしょう。

この判決は、会社が従業員のメンタルケアについて高度な注意義務があることを前提としており、従業員が自己のメンタルヘルスに関する情報を積極的に申告しなかったという事実が会社の責任を軽減しないとしている点で注目されるとともに、業務起因性が疑われる精神疾患があるときの解雇の可否は慎重に検討しなければならないとの警鐘になると思います。

 

【訂正とお詫び】
 
2014年9月15日掲載の池野弁護士執筆の記事「東芝(うつ病・解雇)事件」において、(上告人たる)「従業員は、従前から神経症のため神経科を受診し薬を処方されていましたが、会社にはそのことを伝えていませんでした」、「労働者がもともとの精神疾患を会社に隠して勤務」、「従業員の既往歴やその事実を隠している(ことが会社の責任を軽減しない)」などと記載していましたが、このような表現は、裁判所が認定した事実に沿わない誤ったものでした。訂正した記事を改めて掲載しております。
最高裁判決は、被上告人(会社)による過失相殺の主張を認めず、「本件鬱病が(略)過重な業務によって発症し増悪したものである」と認定し、また、「上告人について(略)通常想定される範囲を外れるぜい弱性などの特性等を有していたことをうかがわせるに足りる事情があるということはできない」と判断しています。
読者の皆様に誤解を与え、当事者の方にご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。