従業員の能力不足を理由とする解雇

 池野 由香里

2013年12月15日

<ポイント>
◆能力不足は通常は普通解雇事由とするのが一般的
◆現実には解雇は困難な場合が多いことに注意
◆会社は再教育・配置転換などの努力が必要

昔からよくご相談を受ける労働問題として、勤務成績が著しく劣る従業員を解雇できないか、というものがあります。
今回は判例をベースに能力不足を理由とする解雇についてご説明したいと思います。

一般に、能力不足による解雇について、就業規則に普通解雇事由として「労働能率が劣り、向上の見込みがない」などの定めがあります。
これだけを見れば、これに当てはまることを証明しさえすれば普通解雇は可能なように思えます。
しかし、これだけでは解雇は難しいのです。

これについて、能力が劣っていることの証明がなされているようにみえる事案であるにもかかわらず解雇を無効とした裁判例があります。
セガ・エンタープライゼス事件(東京地裁決定・平成11年10月15日)です。
裁判所は、まず、普通解雇事由が、「精神または身体の障害により業務にたえないとき」、「会社の経営上やむをえない事由があるとき」など極めて限定的な場合に限られており、そのことからすれば、能力不足による解雇についても、上記の事由に匹敵するような場合に限って解雇が有効であると解すべきであり、能力不足による普通解雇事由に該当するというためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならない、としました。
そのうえで、平均的な水準に達してはいないことや、従業員のなかで下位10パーセント未満の考課順位であることは認めつつも人事考課は相対評価であって、絶対評価ではないことからすると、考課の順位が低いからといって直ちに労働能力が著しく劣り向上の見込みがないとまでいうことはできない、と判断しました。
また、会社は従業員に対し、さらに体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあり、会社が雇用関係を維持するための努力をしたとはいえないとして、解雇を権利の濫用であり無効であると判断しました。

一方、能力不足を理由とする解雇が有効と判断された事例もあります。
三井リース事件(東京地裁決定・平成6年11月10日)です。
従業員が、国際営業部、海外プロジェクト部、国際審査部に順次配置転換されたのですが、いずれの部署においても業務に対する理解力が劣り、自己の知識・能力を過信し、上司の指示を無視して思いつきで取引先と折衝したり、支離滅裂な発言をしたため、実施的な業務から外さざるをえなくなり、従業員の希望もあり、3か月間法務実務の研修の機会を与えたが、その結果も不良で法務担当者としての能力・適正に欠けたため、解雇した事案です。
これについて裁判所は、上記の事実認定を行ったうえで、従業員をさらに他の部署に配置転換して業務に従事させることはもはやできない、との会社の判断もやむを得ないものと認められる、として、解雇を有効としました。

いずれの事案も、従業員の能力不足という点では共通しているのですが、相対評価で能力が低いというのであれば常に一定数の従業員については解雇が可能という結論になりかねず、これだけでは解雇は難しいという裁判所のロジックは説得的です。
一方、解雇が認められた事案では、単に業務の遂行能力が低いというよりは突飛な行動や他の従業員との不和などの問題もあり、相対的な能力の低さにとどまらず、業務遂行に対する基本姿勢に問題があるという評価がなされた点がポイントです。

また、解雇が認められた三井リース事件においては、複数回の配置転換を行っているばかりでなく、日常業務を免除して3か月間にわたる研修を兼ねた考査を行い、これを通じて再教育及び能力不足についての客観的な評価を行ったという経過があります。
私の憶測ですが、会社は、おそらくかなり初期の段階で従業員の能力不足について確信を得たうえで、会社としての教育義務は尽くしたといえるように配置転換などを経つつ教育を続け、かつ、能力不足についても客観的な証拠を残せるように努力し続けたのではないでしょうか。
逆にいえば、会社がここまでの努力をして業務能力が向上しなかった場合にのみやっと能力不足による普通解雇が認められるといえるかもしれません。

個人的には、このように解雇について極端に制限する考え方には反対です。このように解雇が難しいとひいては正社員としての雇用を抑止することにもなりかねないからです。
また、常日頃相談をうかがっていて、極端に仕事のできない人をカバーし続けたり、頻発するトラブルに耐えたりしなければならない上司や同僚・部下の精神的負担についても考慮してほしいと感じます。
かといって、現在の裁判所の考え方を無視して人事を行うわけにはいきませんので、これらの裁判例に顕れる裁判所の姿勢は十分に理解したうえで個別の事案への対応を決める必要があると考えます。