<ポイント>
◆株主総会の決議が必要だが、内規に従って取締役会に一任する決議をすることも可能
◆会社に損害を加えたときには減額する内規があれば、その範囲で取締役会の裁量あり
上場会社では退職慰労金を廃止する傾向にあり、実際、多くの会社で制度を廃止していることは以前に報告しました。しかし、非上場会社では、依然として退職慰労金制度が残っていることが多く、紛争化して裁判となる例もあります。
今回は、令和6年7月8日の最高裁判例を紹介しつつ、退職慰労金の決議について説明したいと思います。
退職慰労金支払請求権は、原則として、株主総会の決議がないと発生しません(定款の定めのある会社を除きます。以下同じ)。株式会社の内規(役員退職慰労金規程等)がある場合やこれまで退任取締役に一定の退職慰労金が支払われてきた歴史があり慣例化している場合でも同様です。
これは、退職慰労金には報酬の後払い的な要素と特別の功労に対する報償的な要素がありえますが、いずれにしても職務執行の対価として受領するものなので、会社法上、株主総会の決議が必要とされているからです。
一方で、常に株主総会で具体的な金額まで決定する必要はなく、一定の支給基準が決められている場合には、株主総会は取締役会に対して同基準に従って具体的な支給額等を決定することを委任する旨の決議(いわゆる一任決議)をすることも可能とされています。
一任決議のあと、取締役会が代表取締役に再委任することも、同様に可能とされています。
このような一任決議がされる場合、退職慰労金請求権は具体的な金額が決定されたときに初めて発生することになります。
株主総会で一任決議がされた場合、取締役会のメンバーである取締役はその一任決議を遵守するべき善管注意義務があります。
そのため、退職慰労金支給の対象者である退任取締役は、一任決議の趣旨に反しないような取締役会決議により決定される退職慰労金の支給を受ける権利があるということになります。
もし、一任決議の趣旨に反した取締役会決議がされた場合、それに賛成した取締役は善管注意義務もしくは不法行為責任を負うことになります。
したがって、たとえば、退職慰労金は退職時の月額報酬に在任年数と出勤率を乗じた額と定められた内規による旨の一任決議がされた場合、退職慰労金額はこれに計算式に従って算出されることになります。
それにも関わらず、この計算式と異なる根拠でより少ない額を取締役会で決議した場合、それに賛成した取締役は差額について損害賠償責任を負うことになり、実際にそのように判断した判例(東京地裁平成10年2月10日)もあります。
退職慰労金についての内規には、上記のような計算式に加えて、会社に損害を加えたときには減額する旨の規定があることがあります。
令和6年7月8日の最高裁判例は、そのような規定にしたがって計算式から算出される金額(基準額)を大幅に減額したことが、一任決議の趣旨に反する不合理な判断ではないとしたものです。
本件の詳細は省略しますが、退職取締役が、在任中の出張旅費や交際費について過大な支出をしていたことが、在任中に会社に重大な損害を与えた場合に基準額を減額できる旨の規定に該当するものとして、退職慰労金額を基準額の約6分の1にしました。
本件で興味深いことの一つは、下級審では、会社に与えた損害額を基準額から減額できるだけと判断したことに対して、本規定はそのような趣旨とは解せられず、損害額以上の減額であっても裁量権の範囲にとどまる限りは許されるとしたものです。
上記最高裁判例の事案では、退任取締役について、会社が背任罪で告訴する場合には退職慰労金を支給しないとすることが議論されましたが、結局、告訴せずに株主総会で一任決議を得た上で、取締役会で会社の被った損害の相当部分を補填するような金額で決議することになったようです。
退職慰労金については、内規があっても株主総会で支給決議をしないことは原則として可能であることからすれば、内規には会社に損害を加えたときには減額する旨の規定がない場合であっても、株主総会で同趣旨の制限を付して内規に準拠した決議をすることは可能であると考えられます。
その場合には、会社に損害を加えたことの判断について取締役会には一定の裁量があり、上記決議の趣旨の範囲内で減額をすることは可能だと考えられます。