人材と競争政策に関する検討会報告書について(9)

 嶋津 裕介

2019年08月01日

<ポイント>
◆秘密保持義務・競業避止義務の対象の範囲が不明確なのは望ましくない
◆人材への発注を全て口頭で行うことは望ましくない
◆対価等の取引条件について他の人材への非開示を求めることは望ましくない

表題の「報告書」は、独占禁止法上は直ちに問題とならない場合であっても、独占禁止法違反行為を引き起こす誘因となったりする行為について、「競争政策上好ましくない行為」を列挙しています。

1 人材にとって秘密保持義務・競業避止義務の対象範囲が不明確であること
企業が人材に対して課す秘密保持義務・競業避止義務の範囲が不明確で、どのような場合に義務違反となるかが人材からみて不明確だと、人材は訴訟リスクを回避するため、人材が他の企業の仕事をしたり、競合する可能性の否定できない事業を自ら行ったり、そのような会社に転職したりすることに委縮してしまいます。
そのような委縮効果は、人材獲得市場のみならず商品・サービス市場における競争に悪影響を与えます。人材の選択の自由を損なうもので、競争政策上望ましくありません。

2 人材への発注を全て口頭で行うこと
企業が人材に対して仕事の発注を全て口頭で行ったり、発注時に具体的な条件を明らかにしたりしないと、受注内容や条件が明確でないまま、人材が仕事をすることになり、著しく低い対価での取引が求められるなど、優越的地位にある企業が自社の収益の確保向上のための行為を行うことを誘発する原因となることが考えられます。
そのため、企業が書面による発注など仕事を始める前に、報酬、受注内容などの条件を具体的に明示することが望ましいとしています。
今、吉本興業と所属タレントとの間に契約書がないことが問題となっています。会社側は、書面はなくとも口頭による「諾成契約」は成立している、と説明しています。
もっとも民法上の問題としてもそこに意思の合致はあるのか、契約内容が特定されているかという問題がないではありません。また条件が明確化されていないことで所属タレントが一方的な不利益を被っているおそれも考えられます。報告書で指摘しているのは、この点に関する問題提起でしょう。
なお、労働基準法や職業安定法では、労働条件等の明示規定がおかれ、労働契約法では、労働契約の内容についてできる限り書面により確認するものとされています。吉本興業と所属タレントとの間に、労働基準法や労働契約法の適用がないとしても、独占禁止法や競争政策上の観点から、口頭での「諾成契約」が何ら問題ないとはいえないということでしょう。

3 対価等の取引条件について他の人材への非開示を求めること
企業が似た能力・水準の人材に対して報酬など異なる条件で仕事を発注した場合、人材がその違いを知れば、企業と再交渉したり、より良い条件を提示するライバル社の仕事をしたりすることもできます。
しかし、企業が条件を他の人材に開示するのを禁止しては、そのようなチャンスも妨げられます。これは、企業と人材との間で情報の非対称性をもたらし、企業間の競争を起こらなくしていることになります。特に一般的な水準が知らされていなければ、人材獲得市場における競争手段の不公正につながるおそれもあります。

4 人材獲得市場において取引条件をあいまいな形で提示すること
人材獲得市場において需要に対して人材の側の数が少なければ、普通は、企業が他のライバル社よりも高水準の対価を提示することで競争が行われます。そのような事態を避けるため、企業が対価を曖昧な形で提示することは、人材獲得競争を回避する行動であり、競争政策上望ましくありません。