判例紹介 復職の判断が主治医と指定医で異なった事案の裁判例
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<ポイント>
◆休職事案については復職の可否が大きな争点
◆医師の診断が分かれたときは合理性を判断することが必要
◆休職期間の延長等で対応することも検討すべき

 

今回は、休職期間満了による自然退職の効力が問題になった事案において、主治医は復職可能と診断した一方、会社の指定する医師(指定医)は不可能と判断した事案について、会社が指定医の判断に合理性があるとして休職からの復職を認めず退職としたことが相当ではなく、労働契約は終了していないとした判例(東京地裁 2014年(令和6)年9月25日判決)をご紹介します。

この事案の概要は以下のとおりです。
適応障害で休職していた原告(従業員)について、主治医は、職場環境の改善を同時に行うことを推奨しつつ、復職可能と診断しました。
一方、会社の指定医は「不眠症のため眠剤を内服していること、抗うつ薬を不安時にのみ内服しており、本来の内服の用法と異なること、気分が反応的に回復しており、一時的な回復の可能性が考えられることから、このまま仕事を続けるのは難しい」としました。
この指定医の判断に従い、会社は、従業員について、休職事由が消滅していないとして、休職期間満了による自然退職としました。
従業員は退職とした会社の判断を争って従業員としての地位を有することを確認する訴訟を提起しました。

裁判所は、従業員について、症状が改善して復職可能である旨の診断を受けており従前の職務を通常の程度に行うことができる程度にまで回復していたと認められるとしました。
そして、会社が、従業員に対して、「情動安定な状態と情動不安定な状態を繰り返している、薬を飲まなくてもよい状態に回復していたとはいえない、精神科を受診し続けなければならない状態であった」などと主張していたことについては、傷病が従前の職務を通常の程度に行うことができる程度にまで回復していれば、休職事由は消滅したといえ、それ以上に、症状が消失することや通院・服薬の必要がなくなることまで求められるわけではない、と判断しました。

さらに、会社は、就業規則では就労の可否は専ら被告(会社)が指定した医療機関での受診結果を基にして行うこととなるところ、指定医は従業員が従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復していない旨を診断していると主張しました。
この点、裁判所は、休職期間満了時に休職事由が消滅しているかどうかは自然退職の効力に直結する事項であるから、就業規則の内容にかかわらず、主治医の診断書等の資料が提出されている場合に会社が指定した医療機関での受診結果のみをもって直ちに休職事由が消滅していないものと取り扱うことは許されない、としました。
そして、指定医が、一時的な回復の可能性が考えられるとして就労が困難である旨を診断している点については、一時的な回復の可能性というのは抽象的な懸念を指摘するものとみるべきであって、この診断をもって従業員の症状が従前の職務を通常の程度に行うことができる程度にまで回復していたことを否定するのは相当でないとしました。

一般に、メンタルダウンを原因とする休職事案においては、復職の可否が争点になることがめずらしくありません。会社が定める休職期間が満了する時点で復職が不可能な場合には退職(就業規則によっては解雇の場合もあり)となるため、従業員たる地位の得喪という重大な結果につながるからです。

本件について、会社の就業規則は、復職について指定医での受診結果を基にして行うと定めており、会社はその診断を基にして復職不能につき退職としましたが、判決文を読む限りでは主治医の判断を覆すほどの説得力があるとは判断できないように思います。
特に、「気分が(抗うつ剤の服薬に)反応的に回復しており、一時的な回復の可能性が考えられることから、このまま仕事を続けるのは難しい」との記述には論理の飛躍があるように思えます。回復しているのが一時的かどうかは判断するのは難しいうえ、その可能性のみで仕事を続けられないと言うのも説得力がないと思います。

企業から相談を受けている弁護士としての経験上、主治医は患者の回復のために行動するためやや患者よりの診断をしがちとの印象を持つこともあります。しかし、だからと言って産業医や会社の指定する医師ならば信頼性が高いとも言い切れないのは当然のことです。
類似事案として、ホープネット事件 (東京地裁 2023年(令和5年)4月10日判決)という復職可能性について主治医と産業医とで見解の相違があったケースについての判例がありますが、こちらは産業医の判断に沿った判決でした。つまり、どちらの医師の診断を重視するかということではなく、客観的にどちらの判断が合理的かで判断することになります。
主治医と産業医の判断が異なった場合には、どちらの診断が客観的に説得力、合理性があるかが明白であればその判断に従うという選択も可能と考えますが、そうでないのであれば、休職期間を延長のうえでリハビリ出社やリハビリ勤務などを通じて回復の有無を判断する事情を集めてそのうえで判断するのが合理的なように思います。