2025年改正公益通報者保護法が成立
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<ポイント>
◆改正公益通報保護法が成立して2026年中に施行
◆従事者指定義務違反や公益通報を理由とした解雇等に刑罰による制裁が導入
◆公益通報を理由とした解雇等をめぐる民事訴訟の立証責任は事業者側に

 

公益通報者保護法の施行後の状況及び2025年改正案が同年3月4日に閣議決定されたことは拙稿「改正公益通報者保護法について」でお伝えしましたが、同年6月4日に参議院で可決成立し、同月11日に公布されました(施行後見直しまでの期間が5年から3年に短縮されたほかは、原案からの修正はありません)。
公布から1年6月以内の政令で定める日に改正法が施行されることになっており、2026年中には施行されます。
改正法の概略についても上記記事で述べていますが、公益通報対応業務従事者(以下「従事者」といいます)指定義務違反に対する刑事罰(常時雇用者300人超の事業者に限ります)、通報者探索等の禁止、通報を理由とする解雇等に対する刑事罰と立証責任の転換について、敷衍してお伝えします。

現行法では、従事者には守秘義務及びこれに違反した場合の刑事罰が規定されていますが、事業者の体制整備義務違反に対する刑事罰等はありませんでした。
つまり、事業者は従事者指定義務に違反しても刑事罰を受けないにもかかわらず、従事者は義務違反に対して刑事罰を受けるという不均衡が生じていました。
そこで、改正法は従事者指定義務の履行を確保するため一連の制度を定めました。まず、消費者庁長官の立入検査権限が新設されました。これまでの行政調査権限は報告徴求にとどまっていましたが、より強い権限が規定されました。
さらに、消費者庁長官による違反是正勧告に正当な理由なく従わない事業者に対する同長官の命令、命令に違反する事業者に対する刑事罰が規定されました。
なお、従事者指定義務は、刑事罰の対象となったことから公益通報者保護法の通報対象事実となったことが指摘されています。
ただし、従事者指定義務違反以外の通報対応体制整備義務については、周知義務を含め、刑事罰の対象となっていないだけでなく、上記の立入検査の対象にすらなっていません。今後の課題といえそうです。

現行法では公益通報者の探索等については規定されておらず、指針により探索が禁止されています。
通報者の探索の禁止については、事業所内部において公益通報があった場合は当然ですが、行政庁やマスコミなどの外部へ公益通報がされ、それが事業者に伝えられた(たとえばマスコミから取材申込みがあった)場合にも適用されます。
事業者としては内部の秘密情報をリークしたと考えて情報提供者を探そうとするかもしれませんが、いわゆる3号通報に該当する場合には探索行為自体が違法となりますので慎重な対応が必要です。

改正法で通報を理由とする懲戒、解雇に対する刑事罰が採用されたことは非常に重要です。
ただ、懲戒については、労働基準法第89条第9号により事業者が就業規則等に定めた制裁としてされたものに限定されています。
そのため、就業規則等に準拠せずに事実上課せられた懲戒的制裁(たとえば人事上命じられる降格)には適用されないのではないかとの疑問が生じます。
そのような制裁は労働基準法上、無効であるとの議論は別論として、刑罰による威嚇という意味では限定しすぎの感もあります。
また、公益通報をした日から1年以内の懲戒、解雇は公益通報を理由としたものであることが推定されることになりました。国際的な動向にそったものといえます。
公益通報をしたことを理由とした解雇の無効、不利益な取扱いの禁止は法制定当初から規定されていましたが、現行法では、民事訴訟の一般的な解釈によって、解雇等された側が公益通報をしたことが主たる動機であることを立証する必要がありました。
これに対し、改正法では解雇、懲戒した側が、主たる動機が報復等を目的とするものでない別の理由であることを立証する必要があるということになります。ただ、これが適用されるのは、解雇、懲戒に限られ、これら以外の不利益取扱いは対象外です。
現行法においては、通報者が解雇等の無効を主張するケースで、事業者の側でも相応の立証負担を負う解雇権濫用等を主張できるため、あえて公益通報者保護法違反を根拠とする無効を主張する実益に乏しい面があり、同法違反については実質的な判断がされない例がみられることが研究者によって指摘されています。
しかし、推定規定の導入により、同法違反を根拠とする解雇、懲戒の無効を主張する実益は大きくなったと思われます。また、同規定の利用が促進され、その解釈・運用に関する事例の蓄積が進むことが期待できると思います。