事務職員のエッセイ

2020年08月15日
夏は来ぬ

この時期、私の夏は真っ盛り!!……のはずでした。毎夏、甲子園(以下、「聖地」といいます。)で行われる高校野球開幕により私の夏が始まり、閉幕により夏が終わるのです。成虫のアブラゼミと同じくらい短い夏です。

うみ派でも山派でもなく、言うなれば私は聖地派。今年は残念ながら春に続いて夏の全国大会も中止となりました。この知らせに、今年の夏をどう過ごせば良いのか、そもそも夏はどう過ごすものなのか、途方にくれました。

このように書くといかにも大の高校野球ファンのようですが、過去の記録や選手の名前などは一年経てば忘れてしまうくらい、その年のひと夏を楽しむ、それが私の高校野球です。

“うつ”、“守る”、聖地でただただ打球の行く末を、一点の攻防を、はらはらどきどき見つめます。時に喜び、時に泣き、時に呆然となる、そういう時間を過ごしてきました。関東に住んでいた私は上京せずに大阪の大学に進学。それを聞きつけた関東甲信出身組からの「甲子園の蔦を触りに行かないか」という誘いを受け、聖地観戦デビューを果たしました。当時、野球のルールは全く知りませんでしたし、テレビ中継でのプロ野球の延長を恨みがましく感じていたほう。でもテレビアニメのタッチは好きで、たっちゃんが触った蔦を触りたい!という仮想と現実入り交じる動機で聖地に足を踏み入れました。

やがて大学卒業。社会人になってからも唯一続けている高校野球観戦。地元に戻らず、春夏は観戦を楽しみ、それ以外は観戦時の快適さ追究、荷物軽量化を模索。高校野球と同じくらい大好きなフィンランドへは、個人的オフシーズンである4月か9月に行く、というサイクルで春夏秋冬を繰り返してきました。

きっと、幸運なことに、卒業後に勤めてきた職場が高校野球に専念しやすい環境にあったこともあるのかもしれません。ハンカチ王子とマー君の決勝戦を外野観戦していて再試合が決まったとき、すぐさま上司に電話をかけて延長引き分け再試合となった報告と休まざるを得ない旨を伝え、無事に再試合を観戦できたこと(聖地に入れずテレビ観戦でしたが)、地元県が決勝戦進出を決め、先輩の夏休みを変更させて自分が休みをとり、決勝戦をアルプス観戦できたこと(そして優勝を見届けられたこと)、たくさんの方々のおかげで、私の高校野球ライフは支えられてきました。なにより、在学中に共に聖地観戦デビューを果たし、いまは関西を離れている友人と毎夏聖地で再会できることも楽しみのひとつです。近況報告もそこそこに、聖地観戦を満喫します。

ゆっくり焦らず、をモットーに、 近年は自身の年齢や体力を考慮し、連日の現地観戦は控え、テレビ観戦という中日を課しています。外野観戦三日間の結果、急性扁桃炎になったり、準々決勝観戦に向かわんとする日に急性虫垂炎を発症、即入院となり点滴打ちつつ病室で決勝戦まで見届けたり、様々な8月がありましたがこれもまた夏の思い出のひとつです。

うだるような暑さの8月。聖地観戦は暑いです。確かに暑い。しかし暑いことが聖地観戦の妨げにはならないのです。夏ですから。とはいえ歳とともに内野観戦率は格段に増しています。

だんだん歳を重ねると、高校野球は平和の象徴と思うようになりました。開幕式でヘリコプターが聖地上空からマウンド目指して投下する始球式のボール。ゆらゆら揺れながら落ちてくる白いボールを観客も選手も皆がワクワク見つめている風景は毎年胸がいっぱいになります。空から降ってくるのは原爆でも焼夷弾でもなく、たったひとつの白いボールです。

いち高校野球ファンとしては、来年こそ春も夏も聖地で高校野球観戦できることを、観戦できなくても球児たちが聖地で試合ができることを、切に願ってやみません。あと、できることなら、聖地に各校吹奏楽応援団の演奏が響き渡りますように。

すずしい浜風が時折吹くのが心地よく、アルプスから響く応援に耳をすませ、かき氷をつついたり、チャンスに声援を送ったり、ジャンボ焼き鳥をほおばったり、ピンチに固唾をのんで見守ったり、甲子園カレーを味わったり、ホームランに興奮したり…飽きることのない理想の夏の過ごし方です。

きらびやかな祭りや花火も夏に欠かせない風物詩ですが、やっぱり高校野球がなくっちゃ私の夏は始まりません。

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