株式の承継と相続問題の基本を理解する
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<ポイント>
◆生前贈与も遺言もしなければ株式は死亡により相続人の共有となる
◆株式の共有は後継者による経営権の掌握を著しく困難にする
◆経営者による贈与、遺言など自由な処分に制約を加えるのが遺留分制度

現経営者は後継者(第三者が承継する場合も含みます)に事業を承継させようというとき、株式の承継について何もしないわけにはいきません。
なぜならば、現経営者が死亡すれば当然に相続が発生するからです。株式は遺産の一部であり、生前贈与や遺言をしておかない限り、他の遺産と共に、民法の定める相続人に相続されます。後継者だけが法定相続人であるという稀なケースを除けば、複数の相続人による共同相続ということになります。現経営者に配偶者や子がいる場合、配偶者と子が相続人になり、子が複数いればその間で等分にて相続されます。株式も共同相続の対象となりますので、例えば配偶者がA、子がB、Cならば、Aが2分の1、B、Cがそれぞれ4分の1の持分で株式を共有するという状況が発生します。
ここで「共有」ということに注意する必要があります(なお、民法上、動産や不動産の物を共有するというのに対し、株式は権利なので、準共有といいますが、ここでは、単に共有とします)。共有とは全ての株式についてそれぞれの持分の範囲で共有している状態をいいます。例えば、被相続人の全株式1000株が遺産であるとき、法律の定める相続によれば、Aが500株、Bが250株、Cが250株を有する、というのではなく、1000株について、A、B、Cがそれぞれの持分で共有するという状態になります。共有の対象である株式について「共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ」権利行使できない(会社法106条)とされています。この「権利行使者の指定と議決権行使の方法については、事前に議案内容の重要度に応じて共同相続人間で協議することを必要とし、全く協議せずに権利行使者を指定し、議決権を行使することは権利濫用として許されない」とした判例があります(平成20年大阪高裁)。相続人の協議により権利行使者を定めないと議決権行使はできなくなります。
もちろん共有の状態は暫定的なものなので、遺産分割協議、家庭裁判所における調停または最終的には審判という手続きによって共有状態が解消されることになりますが、それまでの間、会社経営に重大な影響を及ぼす可能性もあります。遺産分割の結果、もとの経営者(被相続人)の意思が達成されるとは限りません。
つまり、現経営者が自分の意思で後継者に事業承継させようとするならば、後継者に売買や贈与によって株式を生前に譲渡させるか、後継者に相続させる旨の遺言を作成するか(生前に死因贈与契約をしておくということもあります)、しなければなりません。逆にいうと、何もしていなければ、法定相続によって株主の地位が共有されることにより経営権の承継に著しい支障をきたすリスクがあるいうことです。

このように株式に関して後継者との契約あるいは遺言という単独行為によって、現経営者は自分の自由な意思によって自身の保有する株式の行く末を決めることができることができます。
これに対して留意しておくべき法律上の問題は、一定の相続人には、生前贈与や遺言によっても奪えない遺留分(いりゅうぶん)が保障されるということです。つまり遺言がなければ法律によって当然に持分が発生する法定相続分とは別の概念として、相続分の原則半分が相続人に保障されるべき権利として遺留分が定められています。配偶者、子、直系尊属(父母、祖父母…)が相続人となるとき、遺留分がありますが、兄弟姉妹が相続人になるときは遺留分がありません。配偶者もおらず、直系尊属のみが相続人のときに限り、遺留分は相続分の3分の1です。もっとも、遺留分の保障を受けるためには、相続の開始(つまり被相続人の死亡)と遺留分侵害を知ってから1年以内に遺留分の権利を行使するとの意思表示(遺留分減殺請求)を生前贈与や相続を受けた人に対して積極的に行わないと権利を失ってしまいます。
このようなことから生前贈与や遺言によっても、経営者の意思が貫徹できないことがあります。

ただ、今般の相続法改正によって、そのリスクは軽減されたといえます。
というのは、従前の遺留分制度においては、遺留分減殺請求をすれば、当然に、対象となる贈与や相続の対象となった財産について、遺留分割合に応じて、共有の状態が発生していました。持分の割合は異なれども、前述の法定相続による共有と同じように、株式の権利行使に関して、持分の過半数によって決するという状況が生じていました。
しかし、今般の相続法改正によって、遺留分減殺請求権は金銭債権とされました。生前贈与や遺言によって株式を単独所有させた効果は覆さずに、いわば代償金としての遺留分減殺請求にしたというのがポイントです。
とはいえ、その代償金が支払えなければ、株式を売却あるいは譲渡してでもこれに応じないといけないという状況は起こり得ます。したがって、遺留分制度は依然として、事業承継において注意を要するポイントであるといえます。この改正法は令和元年7月1日以降に開始した相続に関して適用されます。