役員の賠償と会社の補償

 池田 佳史

2015年07月15日

<ポイント>
◆民法、委任契約、役員報酬が根拠となりうる
◆役員勝訴の場合には争訟費用を会社負担とできることが多い
◆役員敗訴の場合でも争訟費用は会社負担とできる場合があるが、損害賠償金は困難では

2015年7月4日の日経新聞一面に「役員の賠償 会社も負担」との見出しで、政府は企業の役員が業務上の賠償責任を負った際に、訴訟費用や賠償金を会社が補償することを認める新たな指針をまとめるとの記事が載っていました。
役員の賠償責任についての会社の補償は、明文規定が乏しいことから論点の一つとして意識されていたもののD&O保険によるカバーもあって活発に議論されていたわけではありませんでした。
新ガイドライン策定の動きがでてきた理由は、事実上の社外取締役の選任義務のもとで有能な方の就任を促すということです。
また、英米では役員の職務上の義務違反によって生じた損害賠償金や防御費用(防御のために負担する弁護士費用等で「争訟費用」と言われることが多いので本稿ではそう呼びます)を会社が負担することについては、日本におけるよりは広く認めており、日本の役員も同程度の環境の下で役員就任できることが必要ではないかとの問題意識もあります。
本稿では、会社の補償について現行法における基本的な考え方を解説します。

会社が役員の争訟費用、損害賠償金を負担する根拠としては、①民法650条3項、②委任契約(補償契約)、③役員報酬の上乗せとして(特に定款または株主総会の決議)の3つが考えられます。
①民法の規定では、役員が業務執行により過失なく損害を受けたときは会社に対し賠償請求できることになっています。これにより役員勝訴の場合に争訟費用を請求することが考えられます。役員勝訴ですから損害賠償金は問題となりません。
しかし、役員が無過失であることが要件ですので、役員敗訴の場合には、役員に何らかの過失があったことが認められることが多く、損害賠償金はもとより争訟費用の請求は難しいことになります。
なお、争訟費用は委任事務費用と捉えることができないかという疑問もありますが、職務遂行に直接必要な費用ではないので、本条項や②の委任契約に従って会社が支給できないときは、③の報酬と捉えるべきだと思います。
②日本人の役員は会社との間の委任関係につき契約書をつくらないことが多いといわれていますが、具体的な補償条項を記載した委任契約書を作成することは可能です。
ただし、そのような契約は会社が役員のために出費をすることになるので、役員就任後に締結する場合には会社と利益が相反する関係になります。このため、利益相反取引として取締役会の承認を得ておくべきです(それでも、委任契約は無効とはならないといだけで、場合によれば会社が負担した費用の賠償請求がありうることに留意しなければなりません)。
③役員報酬の上乗せというのは、通常の役員報酬とは別に、株主総会、取締役会で別途決議して追加報酬を支払って役員に填補してもらう方法です。また、予め、定款でその旨を記載しておくことも考えられます。
以上は会社による補償の根拠ですが、役員の賠償責任免除について制限があり、補償にあたってはこれと整合させる必要があります。
定款でとくに定めのない場合、善意で無重大過失のときに最低責任限度額(代表取締役の場合には報酬6年分)を超える部分について免除するために株主総会の特別決議が必要です。
たとえば、株主代表訴訟により役員の賠償責任が認められた場合、株主総会で賠償額と同額の報酬を決議することは、実質上、役員の責任を免除することになり、上記役員の賠償責任免除規定と整合しないのではないかとの問題が生じます。

具体的な場合について、たとえば役員に重大な過失があったとして取引先が被った損害の賠償を役員に直接に請求することを考えてみます(会社法429条によりこのタイプの請求が認められていますが役員に重大な過失があることが要件です)。
役員には何らの過失もなかったとして勝訴した場合には上記①の民法の規定により争訟費用を会社に請求することは可能だという見解が有力といわれています。
役員には過失があったけれども重大な過失とまではいえないとして勝訴した場合には会社に争訟費用を請求することは難しいと考えられますが、役員報酬として会社からすすんで支払うことは可能だと思います。その場合、株主総会で予め定められた範囲内であれば取締役会の決議で足りると思います。
予め、善意かつ無重大過失の場合には会社が補償すると定める委任契約を結んでおけば、会社に争訟費用を請求することは一応有効と考えられます。
役員に重過失があったとして敗訴した場合には、争訟費用、損害賠償金を会社が負担すれば、役員が重過失によって発生させた損害を会社が負担することと同じとも考えられます。
このような事態は、上記①の民法の規定には該当しませんし、委任契約でも重過失の場合に会社負担とすることは信義則違反等により難しいと思います。また、報酬で支払うことも上記の責任免除の規定が無重大過失を要件にしていることに反するのではないかと思います。

上記は第三者との紛争の場面でしたが、会社が役員に損害賠償請求をする場合はどうでしょうか。株主代表訴訟による場合が典型例なのでこの場合を考えてみます。
役員勝訴の場合に、委任契約の規定によって争訟費用を請求することは可能ですが、民法により請求ができるかについては疑問があります。
役員が会社から得ている報酬にはこのようなリスクが加味されて報酬額が決められていると考える余地もあるからです。
ただし、報酬として会社からすすんで支払うことは可能だと思います。報酬として支払う場合、株主総会で予め定められた範囲内であれば取締役会の決議で足りますが、それを超える場合には株主総会の決議または定款の規定が必要です。
役員敗訴の場合に民法により争訟費用の請求ができないのは異論がないように思いますが、無重大過失の場合、株主総会で予め定められた範囲内であっても役員報酬として取締役会決議により争訟費用を負担できるか、株主総会の決議か定款の規定があれば可能かについては意見が分かれるようです。
株主総会の決議か定款の規定による役員報酬額の決定には金額を含めて内容に制限はないことから、少なくともこの場合には会社が争訟費用を報酬として支払うことは可能とする考えが有力のようです。
無重大過失の場合には会社が争訟費用を負担する契約を結んでいた場合、契約自由の原則により同条項を有効とするか、実質上役員の責任の一部を免除することになることから無効とするかについても見解がわかれるところです。
損害賠償金については、委任契約による場合、報酬として株主総会決議、定款の定めによる場合のいずれの場合も会社が負担することは責任免除の規定に反するとの考えが有力と思います。

以上のとおり役員が争訟費用等を会社に請求できるか、また、会社は負担していいか、負担する場合にはどのような手続きが必要かについては不明確な点も多い状況です。
上記記事によれば企業と役員が事前に補償契約を結ぶ前提で、企業が一定の割合で賠償金などを負担することを認めるとのことです。
また、一定の条件下でD&O保険の保険料(株主代表訴訟特約分等は役員負担であることは拙稿「進化するD&O保険(会社役員賠償責任保険)」を参照)を会社が負担できるようにするようです。