個人債務者再生手続について

 池野 由香里

2001年02月01日

1 「個人債務者再生手続」制定の経緯
 みなさんは「民事再生法」とか「民事再生手続」とかいう言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。
 有名なところでは、大手百貨店「そごう」の民事再生手続が新聞やテレビを賑わせています。
 民事再生手続とは、支払いが困難になった企業等について、債権者の一定の合意を条件に債務(借金)のカットや分割払いを可能にし、それにより企業等の債権(再生)を可能にする手続です。
 ごくおおざっぱにいって、この手続の個人版が、個人債務者再生手続です。
 これまでは、民事再生手続が比較的重い手続であり、それに応じて裁判所に納める費用(予納金)が高額であるということもあり、株式会社等の法人や中小企業以上の規模の個人事業者しか利用することができませんでした。
 一方、長引く不況により、個人の多重債務者が激増しており、個人の破産申立件数は、平成元年には1万件に満たなかったのが、平成10年度に10万件を突破し、その後も増加を続けています。
 また、このような状況の中、借金を原因とする自殺者の数も増加しています。
 今や個人の多重債務は、個人の問題にとどまらず、重大な社会問題です。
 ところが、これまでは、個人の多重債務の解決方法としては、(1)破産するか、(2)個別に債権者と話し合いを行うか(任意整理)、(3)裁判所の調停手続の中で債権者と話し合いを行うか(特定調停)、くらいしかなかったのです。
 (2)の方法も(3)の方法も、それぞれ、個別の債権者全ての同意が必要であり、債権者は少なくとも元本全額の支払いを希望することが多かったため、この方法で債務を整理するにはかなりの資金ないし収入が必要でした。
 また、この方法では、合意が個別になるため、結果的に支払いの条件に不公平が生じることもあり、債権者の「ゴネ得」が生じうるという問題点もありました。
 (2)や(3)の方法による解決が無理であれば、破産手続しかなかったのですが、この手続は、破産者にある程度(通常50万円以上)の財産がある場合には、原則として裁判所によって選任された破産管財人が全ての財産を換価・処分して債権者に配当するという手続になるため、債務者の負担は重く、また、破産者というイメージをできれば避けたいという人も多かったのです。
 債権者の側からしても、結果的に配当を受けられないことが多い破産よりも、債務者の将来の収入の中から返済を受けるほうが望ましいと言えます。
 そこで、(2)や(3)の方法による解決が不可能な個人債務者であっても、収入の範囲で支払いを行って債務を整理することを可能にする方法が求められていたのです。
 そのような個人の債務を整理し、立ち直りを可能にする方法が、個人債務者再生手続です。
 また、特に中高年について、個人が住宅を購入したものの、リストラによる人員整理や減給により、住宅ローンの支払いが困難になった事例が多く発生しています。
 このような場合に、再生手続の中で住宅ローンの弁済繰り延べを内容とする条項を定めることを可能にし、一定の条件を満たせば、住宅を手放さずに債務を整理することを可能にしました。
 この法律は、平成12年11月21日に成立し、平成13年4月1日から施行の予定です。

2 個人債務者再生手続は、具体的には以下の手続の総称です。
 (1)小規模な債務を負う個人債務者を対象とする「小規模個人再生手続」
 (2)給与所得者等を対象とする「給与所得者等再生手続」

 (3)支払いを遅滞した住宅ローン債務者を対象とする「住宅資金貸付債権(住宅ローン)に関する特則」に基づく手続

3 小規模個人再生手続とは
 (1)債務者が将来継続的にまたは反復して収入を得る見込みがあり、かつ、(2)再生債権の総額(住宅ローンを除く)が3000万円を超えない場合に申し立てることができます。
 再生計画案としては、弁済計画案による弁済額が、(1)債務額合計の20%または100万円のいずれか多い額を下回っていないこと(但し、20%が300万円を超える場合には、300万円を下回っていないこと)及び(2)破産配当の場合に見込まれる配当額よりも大きいことが必要です。
 また、弁済期間は原則として3年、最大で5年となっています。
手続は、債務者の裁判所に対する申立を行い、裁判所が再生手続開始決定を行うことによって開始します。
 開始決定の効力として、再生債権者は個別的権利行使が禁止されることになり、再生手続によらないで弁済を受けることはできなくなります。
 裁判所の補助機関として、個人再生委員が選任される場合があります。個人再生委員は、債務者の財産及び収入の状況の調査等の業務を行います。
 債権者及び債権額を確定したうえで、債務者が作成した再生計画案を提出し、その再生計画案に反対する債権者のみが、書面で不同意の意見を裁判所に提出します。
 その結果、再生案に不同意であると回答した債権者が、債権者数の半数未満で、かつ、その議決権額(債権額)が議決権者の議決権の総額の2分の1を超えないときは、再生計画案の可決があったものとされます。
 再生計画の可決があった場合には、裁判所は弁済総額が100万円以下であるとか、弁済期間が5年を超える等の問題がない限り認可決定を行います。
 認可決定が確定すれば、個人再生手続は終了し、裁判所の手を離れます。
 ただ、再生計画認可決定後、やむをえない事由で計画遂行が著しく困難になったときは、債務者の申立により、2年を限度として、再生計画に基づく弁済の期限を延長できることとなっています。
 また、再生債務者がその責めに帰すことができない事由により計画遂行が極めて困難になった場合には、債務者の申立により、再生計画に基づく弁済の4分の3以上を終えていること等を要件として、その残額についての免責(法律的に債務を弁済する義務がなくなること)を得ることができることとしました。
 この免責をハードシップ免責といいます。

4 給与所得者等再生手続とは
 給与等の安定した収入が得られる見込みのある債務者につき、一定基準以上の弁済を要件として債権者の議決を要せずに裁判所の認可のみで再生計画が成立するという手続です。
 この手続は、民事再生手続の特則である小規模個人再生の、さらに特則にあたる手続です。
 この手続を利用できる債務者は、小規模個人再生手続を申し立てる条件に加えて、給与等定期的収入を得る見込みがあり、かつ、その額の変動の幅が小さいと見込まれる者が申し立てることができます。
 この手続の特色は、(1)再生計画の成立に債権者の決議が不要であること、(2)可処分所得額に応じた最低弁済基準が定められていること、(3)申立てに一定の制限が設けられていることが挙げられます。
 この手続の一番の特色は、(1)再生計画の成立に債権者の決議が不要であるという点です。
 すなわち、この手続では、債権者には議決権がないということですので、債権者の保護を図る必要があります。
 それが(2)の最低弁済基準の定めです。
 (2)の最低弁済基準額は、おおざっぱにいって、収入から最低生活費を控除した額、いわゆる可処分所得額の2年分です。
 つまり、この手続を利用する債務者は、合計で少なくとも可処分所得の2年分(この額が100万円以下の場合は100万)を原則3年、最長5年で支払う再生計画を提出しなければならないのです。
 そして、この手続は、債権者の決議なくして債権者の権利が変更されてしまう手続であり、同一人が繰り返し申し立てるのは相当でないことから、再申立には一定の制限が加えられています。
 具体的には、給与所得者等再生手続における再生計画が遂行されたり、ハードシップ免責の決定が確定したり、破産免責の決定が確定したりした場合には、再生計画認可決定の確定の日ないし破産免責決定から10年間はこの手続を利用することはできません。

5 住宅資金貸付債権(住宅ローン)に関する特則に基づく手続とは
 個人の再生債務者の経済的再生を図るために、生活の基盤である住宅を確保することを目的とする手続です。
 この手続では、一般の個人再生手続、小規模個人再生手続、給与所得者等再生手続のいずれにおいても、住宅ローンについてのみ、再生計画とは別枠で住宅ローンに関する特別条項を提出します。
 この特別条項に基づく弁済を継続している限り、住宅に設定されている抵当権の実行が回避できるようにするものです。
 具体的には、再生計画認可確定時までに弁済期が到来する住宅ローンの元本等を、債務者が5年以内に弁済すれば、喪失した期限の利益を回復して(ローンの分割払いが再び認められることになり)、かつ認可確定後に弁済期が到来する債権は原則として当初の貸付契約に定められた弁済期(例外的にこれより弁済期を遅らせることもできる)に弁済することができます。
 但し、この手続では元本及び利息の減免は予定されていません。
 この手続は他の再生計画案の一部として定められるものであり、再生計画の成立と同時に成立します。
 住宅ローンの債権者には議決権は認められていませんが、裁判所は意見を聴取することとされています。
 認可決定が確定すれば、再生債務者だけでなく、連帯保証人、連帯債務者にも特別条項どおりの効力が及びます。

6 最後に
 この手続がどのように利用されるかは、今後の運用を見守らなければなりませんが、弁護士の立場からすれば、これまでに相談を受けた少なからぬ事件について、この手続があれば利用していただろうと思います。
 法の改正にあたって、このような実感を強く持つ法律はそれほど多くなく、今後のこの制度の活用を大いに期待しています。