遺族補償年金と損害賠償金
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<ポイント>
◆遺族補償年金は賠償金の遅延損害金からではなく元本から差し引かれる
◆遺族補償年金は賠償金のうち逸失利益等の元本から差し引かれる

先日新聞でも報道されていましたが、ある会社員が過労による病的な心理状態のもとで過度に飲酒して急性アルコール中毒に陥り死亡したとして、その遺族が会社に賠償を求めた事案について、3月4日に最高裁判所大法廷が大きな判断を示しました。
被害者の遺族がすでに受給した、または受給することが確定している遺族補償年金(労災給付の一種)を、会社が支払うべき賠償金の元本と遅延損害金のどちらから差し引くべきかについて、元本から差し引くべきとの判断を示したものです。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84909

これによると賠償金元本から受給額を差し引いたうえで遅延損害金を計算することになりますので、被害者の遺族が会社から支払を受けることのできる金額は少なくなります。
たとえば賠償金3000万円であったところ被害者の死亡から3年経ったがそれまでに遺族補償年金として400万円を受給した、またはすることが確定しているというときには、年率5%の遅延損害金から差し引くという考えによると会社が支払うべき賠償金は4200万円となります。
【計算式】元本4000万円+(4000万円×0.05×3)-受給額400万円=4200万円
ところが元本から差し引くべきという判例の考えに従うと4140万円となります。
【計算式】 (元本4000万円-受給額400万円)×(1+0.05×3)=4140万円

これについては伏線があります。過去にも最高裁(第一小法廷)は、通勤中に自動車に衝突されて後遺障害を負ったとしてその被害者が加害者に賠償を求めた事案について、平成22年9月13日に以下の判断を示しました。
すでに支給された、または支給されることが確定した労災給付や年金給付を、加害者が支払うべき賠償金の元本と遅延損害金のどちらから差し引くべきかについて、元本から差し引くべきとの判断です。3月4日の判例と同じような内容です。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=80672

ところが実は最高裁(第二小法廷)は、ある歩行者が自動車に衝突されて死亡したとしてその遺族が加害者に賠償を求めた事案について、平成16年12月20日に以下のとおり異なる判断を示しています。
被害者の遺族が支給を受けることが確定した遺族厚生年金を、加害者が支払うべき賠償金の元本と遅延損害金から差し引くべきかについて、まず遅延損害金から差し引くべきとの判断です。
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62604

3月4日の判例のもととなった事案では、被害者側は、まさにこの平成16年12月20日判決を根拠として最高裁の判断を求めたのですが、最高裁大法廷はこの判例を変更し、前述したとおり元本から差し引くとの判断を示したという経緯をたどっています。

なお、便宜上これまで、賠償金の元本から差し引くと説明しましたが、正確には、3月4日の最高裁大法廷は賠償金のうち逸失利益等の元本から差し引くべきとの判断を示しています。ひとくちに賠償金といっても治療費、交通費、逸失利益(事故に遭わなければ得られたであろう収入)、慰謝料などがありますが、遺族補償年金は労働者の死亡により遺族が扶養を受けられなくなった経済的な不利益を補填することを目的としていることから、この遺族補償年金は、もともと遺族が扶養を受けるのに必要となっていた被害者本人の収入、すなわち逸失利益の補填に使われるべきとの考えに立っています。

逸失利益に関する賠償額が、法定利率の改正により今後増える見込である反面(平成27年3月18日配信のメールマガジンを参照)、今回のように減る結果となる判断が示されるなど、交通事故や労災における損害賠償額の計算から目が離せないところです。