人材と競争政策に関する報告書について(4)

<ポイント>
◆単独の企業による人材への制限、義務付けが独占禁止法上の問題となり得る
◆商品・サービス市場における自由競争減殺、競争の実質的制限の観点が必要
◆競争手段の不公正さ、優越的地位の濫用からの観点も

公正取引委員会の「人材と競争政策に関する報告書」につき、今回は企業単独の行為に対する独占禁止法の適用を説明します。
問題となるのは、秘密保持義務・競業避止義務、専属義務、役務提供に伴う成果物の利用等の制限等ですが、これら各論の前に報告書は「基本的な考え方」について論じています。

第1に、自由競争減殺、競争の実質的制限の観点からの検討を論じています。
発注者(企業)が、役務提供者(人材)との契約等の条件として、他の企業に役務を提供することを制限しもしくは行わないことを義務付ける、または発注者が活動する市場では人材が役務提供することを制限するなどということが考えられます。
そうすると当該企業以外の企業が、商品・市場サービス市場での供給に必要となる人材を確保できなくなったり、当該企業以外の企業、あるいは、制限を課された人材が新たに商品・サービスの供給を開始することが困難となったりすることがありえます。
そういうおそれがある場合には、商品・サービス市場における自由競争減殺、更に競争の実質的制限が生じ、独占禁止法上問題となります。
「人材獲得市場」における制限・義務付けが「商品・サービス市場」へのシェアに直結しないことも多いので、「商品・サービス市場」における自由競争減殺又は競争の実質的制限の発生の可能性は、状況に応じて個別具体的に検討すべきです。併せて競争促進効果、社会公共目的の有無、手段の相当性の有無などについても総合的に考慮する必要がある、としています。

第2に、競争手段の不公正さからの観点からの検討を論じています。
人材は企業と比べて情報が少なく、また交渉力も弱いので、企業からの契約等の条件に関する情報が十分に提供されず、人材が契約等の条件を十分に把握しにくい状況にあります。
そういう状況で、ある企業が人材に対して、実際とは異なる条件を提示し、又は条件を十分に明らかにせず、契約をすれば、他の企業との契約を妨げる場合があり、それは独占禁止法上の問題となり得ます。

第3に、優越的地位の濫用の観点からの検討を論じています。
第2と同様、人材側に情報が十分に提供されないという事情から、人材側が自由かつ自主的な判断で契約先企業・契約条件を決めるという自由競争の基盤が維持されにくい状況にあります。
企業の取引上の地位が優越していることを利用して、人材の不利益となるよう契約条件を設定する場合、優越的地位の濫用として問題となります。人材にとって企業との契約継続が困難となれば自身の経営上大きな支障となるため、著しく不利益な要請等を受け入れざるを得ないような場合です。
取引依存度、企業の市場における地位、契約先変更の可能性等を考慮して優越的地位が判断されます。
他の企業と契約しないなどの義務付けがある場合には、それに対する代償措置の内容、水準の相当性をも考慮して独占禁止法上の問題が評価されます。