インサイダー取引をさせないための社内対応
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<ポイント>
◆インサイダー取引規制違反事件は増加傾向にある
◆役職員の自社株式取引を規制する社内規程の整備、適切な運用が必要
◆役員・従業員持株会の推奨は有効

少し前のことですが、2011年(平成23年)6月21日に証券取引等監視委員会は「金融商品取引法における課徴金事例集」を公表しました。
これは、平成20年から毎年、同委員会が、金融商品取引法違反に対する課徴金納付命令勧告(この勧告に従って金融庁長官が課徴金納付命令をします)を行った事案の概要などを公表しているものです。
それによると、平成22年度(平成22年5月から平成23年4月)にインサイダー取引があったとして20件、合計4268万円の課徴金納付命令勧告がされたとのことです。

インサイダー取引とは、規制の対象者が、未公開の重要事実や公開買付に関する事実(インサイダー情報。簡単にいえば株価に影響を与える情報です)を知りながら株式等の売買等をすることであり、刑事罰(懲役・罰金)や課徴金等が課せられます。
規制の対象者は、会社関係者等(会社の役職員など5種類が規定されています。なお、本稿で会社とは上場会社を指します)、公開買付者等関係者等(公開買付者の役職員など5種類が規定されています)、それらの者から直接に情報の伝達を受けた者(たとえば会社の役職員の家族・友人などであり、「第一次情報受領者」といいます)です。
会社関係者等や公開買付者等関係者等でなくなってから1年以内の者も対象となります。
日本におけるインサイダー取引規制は昭和63年5月に証券取引法(現在の金融商品取引法)改正により始まりました。
当初はインサイダー取引規制違反に対する主たる制裁は刑事罰でしたが、平成17年4月から行政上の措置である課徴金が加わりました。
平成17年以前にインサイダー取引として刑事罰が課せられた事例はさほど多くありませんでしたが、同年の課徴金制度導入以降に課徴金納付命令勧告がされた事例は増加傾向にあり、平成21年度(同上)には38件の同勧告がされました。

平成22年度には、会社の役職員による自社株式についてのインサイダー取引事例が3件ありました。
会社の役職員がインサイダー取引規制違反事件を起こすと、本人にとってだけではなく、会社にとっても大きなダメージとなります。
役職員によるインサイダー取引を防止するためには、会社は、役職員が自社株式の売買をする際のルールを定めておき、適切に運用することが重要です。
平成23年8月に公表された証券取引所のアンケート調査によると、社内規程でインサイダー情報の管理や自社株式の売買管理の具体的手続まで含めて定めていると回答した会社が91%、具体的手続は定めていないものの規程を整備していると回答した会社が6%であり、合計97%の会社がインサイダー取引を防止するための社内規程を定めているそうです。
売買管理の具体的手続きとして、多くの会社は、自社株式の売買をする場合の事前届出制をとっているようです。
また、四半期を含む各決算期末から決算発表日までの期間は、役員や決算に関わる職員による自社株式の売買を禁止していることも多いようです。
これは、売上高等の公表された直近の予想値と新たに算出した予想値または決算数値との間に一定割合以上の差異が生じたとの情報(「決算情報」といいます)はインサイダー情報となりますが、上記期間はインサイダー情報が特に発生しやすいからです。
そして、上記期間に上記役職員が自社株式の売買をすると、知らないうちにインサイダー取引規制違反をしてしまう(いわゆる「うっかりインサイダー」)可能性もあり、上記期間の上記役職員の自社株式の売買を一律で禁止する方が会社は安心できます。
なお、インサイダー情報となる「予想値」や「決算数値」は1年を通した通期の数字ですが、通期ではない四半期決算の数値とはいっても、その内容から通期の売上高等の予想値の修正や決算数値が読み取れるような場合は、未公開の決算情報や投資判断に著しい影響を及ぼす情報(いわゆるバスケット条項)を知ったものと判断される可能性があります。
このような理由で、多くの会社では、四半期を含む各決算期の売買禁止規定を設けて金融商品取引法より厳しい社内規程を定めています。
ただ、このように厳しい社内規程があっても、それが適切に運用されているかどうかについては、もう一度確認する必要があろうと思います。

また、会社が役職員に対し、社員持株会、役員持株会によって自社株式を購入することを推奨することも有効な対応策です。
役職員が役員・社員持株会に加入して、一定の計画に従い、個別の投資判断に基づかず、継続的に自社株式を購入する場合には原則としてインサイダー取引にはならないからです(役職員1人、1回あたりの拠出金額が100万円未満の場合に限ります)。
ただし、役職員がインサイダー情報を知って持株会に新規加入したり、持株会への拠出金額を変更したりするとインサイダー取引となりうることに注意が必要です。
もちろん、持株会を通じて取得した自社株式であっても、インサイダー情報を知りながら売却する場合にはインサイダー取引規制違反となります。
したがって、自社株式売却については、事前届出や一定期間は禁止する等の社内規程を適切に運用することは持株会を推奨してもやはり必要となります。