最高裁判例紹介 -妄想による欠勤に対する懲戒処分を無効とした事案-
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<ポイント>
◆従業員が妄想により欠勤してもすぐに懲戒処分するのは避けるべき
◆まずは医師の診断により休職が相当かどうかの判断を
◆現実にどうやって受診させるかは課題が残る

精神的不調のある労働者にどう対応すればよいのか、という企業からのご相談をよく受けます。
10年ほど前にはその100%がうつ病についてのご相談でした。
しかし、ここ数年妄想を伴う精神的不調者にどう対応するかのご相談も受けるようになりました。
今回は、妄想を伴う精神的不調者が欠勤したことを無断欠勤として懲戒処分(諭旨解雇)を行ったことが無効であるとされた最高裁判例(平成24年4月27日、日本ヒューレット・パッカード事件)をご紹介します。

事案の概要は以下のとおりです。
ある従業員が、何らかの精神的不調により被害妄想に陥り、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団の協力者らから盗撮や盗聴をされていて、それによって得た情報を共有する加害者集団から職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを受けているとの認識を有していた。
 会社に対し、上記事実の調査を依頼したものの納得できる結果が得られず、会社に休職を認めてほしいと求めたものの認められず、出勤するよう促されたことから、自分自身が上記の被害に関わる問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめ会社に伝えたうえで、有給休暇を全て取得したあと、約40日間にわたり欠勤を続けた。
 会社は「このままでは最悪の事態を招くことにもなります」として出勤を命じ、従業員は出勤するようになった。
 その後、会社は、約40日にわたる欠勤が、就業規則に定める懲戒事由である「正当な理由のない無断欠勤」に当たるとして、従業員を諭旨解雇とした。
 なお、就業規則には、傷病休職を認めたうえで、「傷病その他やむを得ない理由で欠勤するときは、あらかじめ就業報告書により、その理由見込み日数を届け出なければならない。但しやむを得ない理由により事前の届出ができない場合は、速やかに適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡するとともに、その後遅滞なく所定の手続きをとらなければならない。」等の定めがある。

 従業員は、諭旨解雇は無効であると主張して、雇用契約上の地位を有することの確認及び賃金等の支払いを求め提訴しました。

 1審の東京地裁は、従業員が主張する被害事実が認められないことからすると、欠勤には正当な理由又はやむを得ない理由は認められず、また、従業員が欠勤にあたり就業規則に定める手続きを踏んでいないことから、会社の行った諭旨解雇は社会的に相当な範囲内であるとして有効であるとして、従業員の請求を棄却しました。

これに対し、控訴審である東京高裁は、従業員が欠勤を継続したのは、被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものであったといえるから、従業員は休職することが可能であり、やむをえない理由によって事前の届出ができないため、適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡したものと認めることができるとし、これを無断欠勤として取り扱うのは相当でないとして、懲戒事由は存在せず、諭旨解雇処分は無効であるとしました。

そして、最高裁は上告受理申し立てを認めたうえで、上告棄却の判決をし、控訴審と同じく諭旨解雇を無効と判断しました。

最高裁は、従業員の欠勤は何らかの精神的な不調が原因であるとし、このような精神的な不調のため欠勤を続けている労働者は、精神的な不調が解消されない限り出勤しないと予想されるから、会社は、精神科による健康診断を実施するなどしたうえで、その診断結果に応じて休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、そのような対応をとることなく、直ちに諭旨解雇とすることは適切な対応とは言い難い、としました。
そして、従業員の欠勤は「正当な理由のない無断欠勤」に当たらないとして、諭旨解雇は無効としました。

最高裁の判断は理論的には正しいように思います。
ただ、実務的には、このような妄想を抱いている人は自分が何らかの病気であることを認めたがらないことが多く、精神科を受診することに強い抵抗感を示すことが普通です。
それにもかかわらず、受診を強制する権限を持たない会社に対し、従業員に受診させたうえで処分を決めよというのは酷なようにも思います。
本件においては、会社は、妄想による欠勤が続いたのみで即解雇するのではなく、本人や家族に働きかけて精神科等を受診するように最大限の努力をすべきだったのだろうとは思います。
 逆に言えば、会社が最大限の努力をしてもどうしても受診をしない場合にまで、中途半端な状態で欠勤を見守り続けよというのは酷な気がします。
 本件では、諭旨解雇処分の時点では従業員が出勤を再開していたことも、判断に影響しているのかもしれません。

会社が受診について最大限の努力をしても受診に至らなかった場合にも諭旨解雇が無効とされたのかどうか、非常に興味深いところです。