敷引特約の効力
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<ポイント>
◆敷引特約が常に有効となるわけではない
◆敷引金の相場・月額賃料などと比較して判断される

マンションその他の居住用建物を賃貸するにあたって、未払い賃料などがなくても当然に敷金から定額または一定割合の金額を差し引いて残りを賃借人に返還するという特約(いわゆる敷引特約)を、賃借人との間で結ぶことがあります。

国土交通省が平成19年3月に全国の財団法人日本賃貸住宅管理協会の会員(賃貸住宅管理会社)を対象として、敷金・礼金などの一時金の市場慣行について調査を行ったところ、京都、兵庫、福岡において敷引特約を結ぶことが多いとの結果が出ました。大阪、北海道においても敷引特約を結ぶ割合が約3割との結果が出ています。
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha07/07/070629_3_.htmlをご参照下さい。)

この敷引特約については、従来、消費者の利益を一方的に害するものとして消費者契約法に違反し、無効になるのではないかとの議論がなされてきました。
消費者の利益を一方的に害するのではないかとの問題がなぜ生じるのかといいますと、建物の通常の使用による損耗(通常損耗)を補修するための費用は賃料の中に含まれているはずなのに、敷引によりさらに回収するのは賃借人(消費者)に二重の負担を課すおそれがあるとの考えがあるからです。

裁判所においても有効、無効の判断が両方示されていましたが、最高裁判所において、敷引特約の効力に対する判断が、平成23年3月24日、7月12日と立て続けになされました。ここでは、7月12日の判例をご紹介させていただきます。
契約時に賃借人から預かった敷金100万円のうち、60万円の敷引金を差し引いた残り40万円を賃借人に返還する(未払い賃料などがあれば、その40万円からさらに差し引く)という敷引特約の効力が問題となった事案です。

最高裁判所は、賃貸人が契約条件の一つとして敷引特約を定め、賃借人がこれを明確に認識した上で契約したのであれば、敷引特約は、敷引金の額が賃料の額などと比較して高過ぎるなどの事情がない限り、賃借人(消費者)の利益を一方的に害するとはいえず、消費者契約法に違反せず有効であると述べました。
その上で、上記事案において最高裁判所は、「賃借人が敷金100万円を契約時に支払うこと、そのうちの敷引金60万円は賃借人に返還されないことが明確に読み取れる条項が置かれていたのであるから、賃借人は、自らが負うことになる金銭的負担を明確に認識した上で契約を結んだといえる。また、敷引金60万円は、月額賃料17万5000円(更新後は17万円)の3.5倍程度にとどまっていて高過ぎるとはいえず、近辺の同じ種類の建物の賃貸借契約に設けられた敷引特約における敷引金の相場と比較しても大幅に高額であるとはいえない。」と述べ、消費者契約法に違反せず有効であると判断しました。

なお、この判例では、通常損耗の補修費用の回収につき、賃料に含ませて行うか、権利金・礼金・敷引金などの一時金を充てるかは、賃貸営業上の判断に委ねられるとの補足意見も付されています。
この判例により、敷引特約の効力に関する議論は一区切りがついたと考えられます。敷引特約を結ぶ際の参考になれば幸いです。