契約書チェックの経験から
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<ポイント>
◆「代金を1億円とする」では売買契約にはならない
◆権利や義務を示す語尾の言い回しに注意
◆ただし、語尾以外の記載で骨抜きになることも
◆契約書に規定がない事項は民法、商法などの法令に従う

契約書の検討に関してクライアントからよく聞かれること、弁護士の立場からよくアドバイスすることをいくつか取りあげます。

まず、契約とは意思表示の合致であるということです。
売買契約であれば、売買について売主と買主の意思表示が合致している必要があります。
契約書の文言では「甲は乙に〇〇を売り渡し、乙はこれを買い受ける」という部分に表れます。
タイトルが売買契約書となっていても「本件売買代金を1億円とする」とあるだけでは、それはせいぜい「代金合意書」であり売買契約とはいえません。この例では、代金額については当事者の意思が合致したことが示されていますが、代金の支払いや目的物の所有権移転については意思の合致を示す条項がありません。
代金支払義務や所有権移転について争いが生じた場合、上記のような「代金合意書」を裁判所に提出しても、それだけでは売買契約の成立は認定されません。代金を決めているのだから売買があったかそれに近い交渉段階だったのだろうな、という推定はある程度働きますが、間接的な証拠の一つにすぎず、売買そのものを認定してもらうには他の証拠や間接事実を積み重ねていく必要があります。
これではせっかく契約書(と題する書面)を作成したことの意味も大きく損なわれます。

次に「することができる」「するものとする」「しなければならない」といった言い回しについてです。
「することができる」は権利です。行使するかどうかは当事者の裁量に委ねられています。当事者の一方だけの裁量ということもあれば、双方ともに裁量をもつということもあり、いずれなのかは主語を含めた内容次第です。
「するものとする」「しなければならない」は義務です。前者(するものとする)よりも後者(しなければならない)のほうが拘束力が強いといわれますが、今回はその違いには立ち入りません。
「することができる」が権利、「しなければならない」が義務というのは通常の用語法と近いので比較的わかりやすいです。これに対して「するものとする」は契約独特の言い回しで、義務を示すということが意識されないまま契約をしているケースがみられます。
また、上記のような語尾の言い回しにより権利なのか義務なのかが示されているといっても、語尾以外の記載で骨抜きになることがあります。
たとえば、秘密保持契約によくある「甲乙は、本目的のため自ら必要と判断する秘密情報を相手方に開示するものとする」という条項です。語尾が「するものとする」なので情報開示が義務であるようにもみえますが、具体的にどの範囲で情報開示するのかは開示者自身の判断に委ねられており、結局のところ、相手側から情報開示を強制することはできません。
また、「することができる」と当事者の裁量に委ねられている事項であっても、対価やペナルティとなるような法律効果が合わせて規定されることがあります。たとえば、「甲はいつでも書面で通知することにより本契約を解約することができる」という自由解約の条項があっても、「ただし、その場合甲は乙に対して損害賠償として〇〇円を支払わなければならない」という条項がおかれる場合です。賠償額によっては解約権の行使が実際上不可能になります。

このほか、契約で定めていない事項については民法、商法をはじめとする法令上のルールが適用されることを意識しておかれるとよいでしょう。
具体的な法令の適用・解釈については弁護士に確認するとしても、「空白領域は法令に従う」という一般的な取り扱いを知っていれば相談すべきポイントをつかみやすくなります。
たとえば、商品売買契約書で瑕疵担保に関する規定がない場合、瑕疵担保に関する民法、商法のルールに従うことになります。「書いていないから瑕疵担保なし」ということにはならないので注意してください。
また、何も書いていないわけではないものの、「〇〇については当事者の協議による」とされている場合も、協議が成立しなければ最終的に法令上のルールに従うこととなるのが基本です。(基本です、とぼかした言い方をするのは具体的な条項次第という部分があるためです。)
「協議条項は曖昧なのでよくない」といった批判もされていますが、望ましいかどうかを別にして現実にはよく見られる条項です。取引関係上の配慮から「曖昧なので削除せよ」とは要求しにくいケースもあります。そうした場合の対処を考えるうえで上記のことがヒントになります。
協議不調に終わった場合に、法令に照らして自社が特段義務を負うことにはならず、あるいは自社の権利確保に支障ないということであれば、「協議による」という条項にさほど神経質にならずともよいでしょう。ただし、協議によることが規定されている以上、合意に至るかどうかは別にして協議自体を無視するべきではなく、手続上の配慮が必要です。

以上、網羅的ではないですが、契約書チェックの際に留意していただきたいポイントを3点ご紹介しました。契約類型ごとのチェック事項などもありますが、そうした内容についてはまた別の機会に書いてみたいと考えています。