外国判決が日本で有効になる場合とは
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<ポイント>
◆外国の裁判所の判決は日本では効力のない場合もある
◆訴状の届き方や損害賠償金額の計算方法が重要

2011年5月9日にアメリカのテネシー州の裁判所は、アメリカ人男性が日本人の元妻を相手に損害賠償などを求めた訴訟で、日本人元妻に610万ドル(約4億9千万円)の支払いを命ずる判決を言い渡しました。
損害賠償請求の理由は、日本人元妻が、アメリカ人男性と子供の定期的な面会を定めた離婚時の合意に反してアメリカから2人の子どもを日本に連れ帰ったことです。
本稿では、この日本人元妻に対する610万ドルの損害賠償請求を認めた事件を例にとって外国裁判所の判決(外国判決)が日本において効力を有するのはどういう場合かについて述べます。
なお、この事件に関しては、アメリカ人男性が子供を無断で日本からアメリカに連れて帰ろうとして日本で逮捕されたとの報道や、日本政府は5月20日の閣議で、国際結婚が破綻した場合の子どもの扱いを定めたハーグ条約に加盟する方針を了解したとの報道がされるなど、関連報道が伝えられています。

金銭の支払いを命ずる外国判決を日本でも有効なものにするためには、請求者(上記事件ではアメリカ人男性)は日本の裁判所からも外国判決に基づいて金銭支払いを命ずる判決をもらわなければなりません。
外国判決に基づいて日本の裁判所でされた判決を「執行判決」といいます。
日本の裁判所で「執行判決」をもらうためには、(1)外国判決が確定した判決であること、(2)判決をした外国裁判所に裁判権が認められること、(3)当該外国と日本との間に相互に相手国の判決を有効にするとの保証(相互の保証)があること、(4)適法な訴状の送達があったこと、(5)判決の内容、訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗(公序良俗)に反しないこと、が必要です。
これらの5つが満たされていれば、日本の裁判所は、あらためて請求者に権利があるかどうかを審理することはありません。これが通常の判決と異なる「執行判決」の特徴です。

以上の5つについてこの事件ではどうだったかみていきます。
(1)の確定した判決とは通常の不服申立ての手段(たとえば控訴や上告)がなくなった状態にあることです。
これについては、この事件は欠席判決とのことであり、アメリカでは欠席判決に対しては通常の不服申立ての手段はないので確定した判決となります。ちなみに日本では欠席判決に対しても通常の不服申立ての手段(控訴)があります。
(2)については、その事件や当事者と関連のある場所を管轄する裁判所でなければ審理をして判決することはできません。
これについては、この事件では、アメリカ男性と元妻とはテネシー州で離婚時の合意をしたということでありテネシー州と関連があるのでこの点も問題ありません。
(3)については、日本の判決もアメリカで有効にすることができますのでこれも問題ありません。

問題は(4)と(5)です。
(4)については、アメリカの裁判所がした判決について日本で「執行判決」をもらえるのは、原則として、アメリカでの裁判開始にあたって、日本の裁判所か日本にあるアメリカ領事館を通じて日本語の翻訳書のついた訴状が送られてきた場合です。
この事件についてのアメリカ新聞記事からは明確ではありませんが、日本の裁判所かアメリカ領事館を通じることなく、アメリカ人男性が元妻に訴状を郵送したり、またはアメリカ人男性の代理人が元妻のところに直接に持参した可能性もありえます。
それらの場合にはこの事件ではアメリカ人男性は「執行判決」をもらえません。
(5)については、外国判決が認めた損害額の計算方法が日本法によるものと大きくかけ離れている場合には公序良俗に違反することになり、請求者は「執行判決」をもらえません。
アメリカ新聞記事によると、この事件では離婚時の合意違反により故意にアメリカ人男性に精神的損害を与えたとして100万ドル、2009年8月から違法に子供を監禁していることから子供の利益を守るために110万ドル、今後の違法な監禁を続けることによる最大400万ドルの合計610万ドルという損害額の計算をしたということです。
以上のうち、違法な監禁を理由とする510万ドルは、このアメリカ人男性が被った精神的損害に対する賠償というより、違法行為を行い、それを続ける元妻に対するいわゆる懲罰的損害賠償として認められたものと考えられます。
日本法では違法行為に対する懲罰的損害賠償は認められていないので、この510万ドルの判決は公序良俗違反になると思います。
また、アメリカ人男性の精神的損害が100万ドルなのかどうかについても、もしこの事件を日本で裁判したとすればアメリカ人男性の精神的損害として認められるのは最大でも数百万円程度だと思われますので、日本の損害賠償の計算方法とかけ離れているとして公序良俗違反になる可能性が高いのではないかと思います。
結局、命じられた損害賠償額の大きさにより物議をかもしてはいますが、この判決は日本では効力を有しないのではないかと思います。