労働判例紹介 -工事業務従事者の自殺が労災と認められた事案-
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<ポイント>
◆平成23年に労災による精神障害について新たな認定基準(通達)が発出
◆通達発出前の事案にも認定基準は適用
◆心理的負荷の強度は類型的に判断

今回は、ケーブル敷設工事等(配線図作成、見積・請求等)の業務に従事していた労働者の自殺が、過重な業務により精神障害を発病したことが原因であるとして、労働災害と認められた判例(東京地裁平成24年11月28日・確定)をご紹介します。

事案は、ケーブル敷設工事等の業務に従事していた男性が、自家用自動車を運転して帰宅途中に交通事故に遭遇し、その後、自宅において療養していたところ、その半月後に自動車に乗って失踪して車内において練炭自殺をしたというものです。
労働者の遺族が労災請求したものの、労災とは認定されず遺族補償給付等が不支給処分とされ、その後の審査請求等も棄却されたため、不支給処分の取消しを求めて東京地裁に提訴したものです。

なお、不支給処分後の平成23年12月26日付で、厚生労働省から「心理的負荷による精神障害の認定基準について」との通達が発出されています。
通達の内容を示した厚生労働省のHPは以下のとおりです。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf

上記通達は、労災認定として以下の要件をあげ、強い心理的負荷の認定基準として個々の出来事についての心理的負荷の程度を類型的に定めています。
1 対象疾病(精神障害)を発病していること
2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
3 業務以外の心理的負荷及び個体的要因により対象疾病を発病したとは認められないこと

裁判所は、上記通達の認定基準について、不支給処分時には存在しなかったし、この基準が裁判所による行政処分の違法性に関する判断を直接拘束するものでもないと指摘しました。
その一方で、通達の認定基準は、近時の医学的・心理学的知見や裁判例の状況等も踏まえるなどして、従来の基準を改訂したものであり、労災保険制度の基礎である危険責任の法理にもかなうもので、その作成経緯及び内容に照らして十分な合理性を有するものであるとも指摘して、本件の死亡事案の業務起因性の判断をするにあたっては、基本的には通達の認定基準に従いつつこれを参考にしながら、この男性に関する精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌し、必要に応じてこれを修正する手法を採用することとしました。

上記の枠組みのもとで、裁判所は、交通事故の直後ころには男性が適応障害を発病していたと認定したうえで、男性の発病直前の1か月の時間外労働時間数が約177時間、3週間の時間外労働時間数が約127時間半であり、これは認定基準所定の「特別の出来事」のうちの心理的負荷が「強」とされる「極度の長時間労働」に該当する出来事であるとし、さらに特別の出来事以外の具体的出来事として、発病前6か月間の時間外労働の平均時間が約88時間半であること、男性が仕事を巡るトラブルに責任を感じていたこと、仕事から帰宅途中の交通事故などが認められ、その全体評価としての心理的負荷の強度が疑いなく「強」になり、また、業務以外の心理的負荷または個体的要因の存在を認めることができないとして、病気及び自殺について業務起因性を認めました。

この事案においては、残業時間がかなり長時間になっていることなどを考えると、既存の判断基準によったとしても、もともとの行政処分庁の判断がやや厳しすぎたようにも思えます。
その点では、この判例は以前の判例の流れに沿ったものと判断すべきだと考えます。
ただ、裁判所が、厚生労働省の通達が出される以前の事案についても、この通達の考え方が尊重されるべきであると明言し、それにしたがった判断の枠組みがとられている点で実務上の参考になると思われます。