個人情報保護法に基づく開示請求が訴訟でできるか
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眼科で診療を受けた患者2名が、その眼科を開設する医療法人社団に対し、自己のカルテの開示を求めましたが、医療法人がこれに応じず、何らの回答もしなかったため、医療法人を被告として東京地裁に訴訟を起こし、カルテの開示を求めました。原告らは併せて、医療法人から「開示しない」との決定の通知がなかったことを理由とする慰謝料各10万円の支払いも求めました。
これに対して東京地裁は平成19年6月27日、原告らの請求をいずれも認めませんでした。

個人情報保護法は、個人情報取扱事業者が個人本人から保有個人データの開示を求められたとき、原則、その求めに応じて遅滞なく開示しなければならない、と定めています。
さらに、仮に保有個人データについて開示しないと決定したのであれば、その旨を本人に遅滞なく通知しなければならない、と定めています。
本件訴訟で原告らはこのような規定に基づいて被告らに対してカルテの開示と慰謝料を請求したということです。

個人情報保護法が「個人情報取扱事業者が本人から開示を求められたときは、開示しなければならない」と定めている以上、個人情報取扱事業者には法律上開示が義務付けられているとはいえます。
問題は、この規定に基づいて、個人の法的権利として個人情報取扱事業者に対する開示請求権まで認められるか、言い換えれば、個人本人が訴訟を提起することによって裁判所が個人情報保護取扱事業者に対し開示を命ずることができるか、という点です。
この点、できる、とする文献もあります。
しかし、今回の東京地裁判決はこれを否定しました。
その主な理由は次のとおりです。
個人情報保護法は、保有個人データ開示の求めに関する苦情の処理については、個人情報取扱事業者、業界団体による自主的な紛争解決を期待しており、そのため、本人が裁判外の各種の方法によって苦情の解決を求められる仕組みを設けるとともに、そのような自主的な解決が期待できない場合の主務大臣による関与の仕組みを設けている、というものです。
ここでいう「本人が苦情の解決を求められる仕組み」とは、法が努力義務として個人情報取扱事業者に整備を義務付けている「苦状処理のために必要な体制」(具体的には苦情処理窓口など)や、「認定個人情報保護団体」による相談、助言、対象事業者への通知制度などをいいます。
また、主務大臣の関与の仕組みとは、対象事業者への報告徴収、勧告、命令などをいいます。これを担保する行政罰(罰金または懲役)も定められています。
東京地裁は、このような紛争解決手段が定められているのに、個人本人が裁判所に直接裁判所に開示を請求できるようになれば、法が定めた仕組みは意味がなくなるとしました。
また、東京地裁は、個人情報取扱事業者の開示義務は、行政機関(主務大臣)への義務を規定したもので、本人の開示請求権を有することを規定しているものではないと解釈するとしています。
このような理由により、患者たる原告らのカルテ開示請求を裁判において認めませんでした。

また裁判所は、個人情報取扱事業者に義務付けられる「開示しない」との通知が仮になくても、個人本人が事業者などに苦情を申し出ることはできるとして、原告らには金銭をもって慰藉されなければならないような精神的損害が生じたとまでは認められないとしました。

この裁判例は、事業者が個人情報保護法に基づく開示の求めに応じなかった場合、裁判を起こされ開示や慰謝料を請求されるか、という問題については否定の見解を明らかにしたものです。
とはいえ、個人情報保護法の趣旨に基づいて、同法が求める体制を整備し、本人からの求めに応じて適切な措置をとらなければならないことが否定されるわけではありません。最終的には主務大臣(たとえば、経済産業大臣)からの報告徴収や勧告、命令、ひいては罰金等の行政罰が用意されているからです。