下請代金の減額禁止違反のケースについて

<ポイント>
◆下請代金の減額禁止違反の勧告事例が増加傾向
◆代金減額のさまざまな手口の違法性

下請代金支払遅延等防止法(下請法)について公正取引委員会は、今年に入り既に4件の下請法違反事例につき勧告を実施しました。
下請法違反に対する勧告は平成19年に11件であったところ、平成20年に16件に達し、平成21年、平成22年はそれぞれ14件、13件と若干減少したものの、昨年平成23年には再び16件についてなされました。昨年1月の勧告件数が3件だったことからすれば、今年はすでに前年を上回っており、全体として増加傾向にあるといってよいでしょう。
厳しい経済情勢のなか、コストダウンの不当なしわ寄せが下請業者に来ているように思います。下請法違反に対する公取委の執行力強化の意向も見て取れます。
なかでも最近特徴的なのが、下請代金減額の禁止違反事例が多くの割合を占めることです。昨年1年間の16件のうち15件がこれにあたります。今年に入っての勧告件数4件も全て代金減額事例です(同時に他の禁止規定にも触れていますが)。

下請法は一定の企業規模の格差にある企業を親事業者、下請事業者と定義し、双方の間の製造委託など(修理、情報成果物作成、サービス提供の委託も含む)の取引の適正を図るものです。親事業者による下請代金の支払い遅延、長期手形、物品購入の押し付けなどを禁止していますが、なかでも代金減額禁止違反事例は、コストダウンの影響を、経済的に弱い地位にある下請事業者にストレートに押し付けるもので、その悪質性は明白といえるでしょう。
ここで禁止される減額とは、受発注時に代金が決まっているにもかかわらず、これとは別に代金を減額するような場合です。
もちろん製品に欠陥があるなどして本来的に返品できるような場合であれば、返品の代わりに代金を減額したりすることはできます。
減額が禁止されるのは下請事業者の責に帰すべき理由がない場合です。

減額の方法にはいろいろあり、親事業者側から「値引き」として代金の一定割合の額を下請事業者に負担するよう求め、応じさせるケース(車検機器メーカー株式会社イヤサカに対する1月24日付け勧告)などは分かりやすい事例です。これを「歩引」(ぶびき)と呼ぶケースも同様です(靴販売の株式会社チヨダに対する1月13日付け勧告(違反事実の一部))。
同じくチヨダに対する勧告では「事務手数料」や、さらには自社の店舗間の売上高を競うコンクールの賞金のための「コンクール協賛金」、自社の製品カタログ作成費用のための「MDサークル協賛金」などといった名目で、実質、下請代金を減額させるような要請を下請事業者に行い、これを応じさせたことも認定されています。下請事業者とはチヨダのプライベートブランドの製造委託先であったということです。
これらのコストが本来的にチヨダが負担すべきものであることは明らかです。経済合理性の観点からすれば下請事業者側も、そのようないわれのない負担は断るはずです。
しかし、チヨダとの取引維持のため、これを断れば、関係が悪化して取引が終わるかもしれない、製造委託の下請という地位にある以上、別の会社と新たに取引を始めるのは極めて難しいとの判断から応じざるを得ない、ということが見て取れます。
下請法が、独禁法が禁止する「優越的地位の濫用」事例を定型化して規制したものであることがよくわかります。

さらに込み入っているのが「紳士服はるやま」で有名な、はるやま商事に対する1月25日付け勧告で認定された事例です。
はるやま商事は自社の発注業務合理化のためのシステムについて、その運用費を確保するため「オンライン基本料」、「データ提供料」などといった名目で、一定額の負担を下請事業者に求め、これに応じさせていました。また、自社の物流センターの運用費を確保するため「超過保管料金」として、納品後一定期間後の在庫数量に応じて下請事業者に負担を求め、応じさせてもいました。
これなどはチヨダの「協賛金」に比べれば、巧妙な手口ともいえるでしょう。下請事業者も何らかのメリットを受けているか、あるいは、下請事業者が負うべき負担であるかのような見せかけをしているからです。しかし、これらの名目もまやかしに過ぎず、かかるコストもはるやま商事が負うべきものであることは明らかです。
これらがはるやま商事が負うべきコストであって、かつ消費者サイドに価格転嫁できないとなれば、はるやま商事としては、下請代金を安くするよう、発注時に下請事業者と交渉するのが筋です。下請事業者としては、受注するかどうかの場面では少なくとも交渉の余地があります。しかし、下請代金が決まっていて委託の趣旨にしたがい仕事をして納品した後で、根拠のない別の名目で実質の値下げを要請され、実際上これに応じざるを得ないとなれば、いわば後出しじゃんけんであって、下請事業者の自由な判断が奪われます。下請事業者の予測可能性を害する意味でも不公正であり、実際に下請事業者の健全な経営をむしばんでいくはずです。

このように減額禁止事例を眺めていくと、下請事業者側からみれば、下請法が自社を守る武器になることが分かってきます。親事業者からの趣旨不明な要請に対して、それを拒絶するだけの明確で強い根拠を持つことができます。下請法違反事例に対して公取委が積極的な態度を取っていることはその面で歓迎すべきことといえるでしょう。
親事業者からの不当な要求に応じてしまった場合も、その減額分を取り戻せるよう交渉できるかもしれません。チヨダの事例では、減額分について下請事業者20社に対し、総額約1億200万円を既に返しているとのことです。これは公取委の調査を受けたがための自主的な対応と考えられ、下請法違反の減額が民法上無効になるのかという法律上の論点はあるかと思いますが、いずれにしても親事業者に対する武器にはなるでしょう。

他方で親事業者側からみれば、下請法違反が公取委によって認定された場合の影響は大きいと考えます。はるやま商事の事例だと、不当返品分に関してですが、代金相当額8億4000万円を返したとされています。一時に支払う負担額が大きいことに加え、報道もされ、公取委のホームページで当面何年かは公表され続け、社会的信用を失ってしまいます。
前回取り上げたカルテルなどと比べるとペナルティの強烈さの点においては、それまででもないでしょうが、社会的信用の裏打ちがなければ徐々にでも衰退していかないとも限りません。その意味で下請法はコンプライアンス上、重要なチェックポイントの一つと考えます。