イビデンセクハラ事件(最高裁判決)
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<ポイント>
◆親会社は子会社の従業員に対し雇用者としての義務を負わない
◆ただし、コンプライアンス体制の運用者として一定の義務を負う場合あり
◆上記の義務の具体的な内容については今後の判例が待たれる

今回は、2018年(平成30年)2月15日付けの最高裁判例を紹介します。
事案は、以下のとおりです。
イビデン株式会社(親会社)の事業所内において勤務していた子会社の元従業員が、同じ事業所内で他の子会社において勤務していた従業員からのセクハラについて、繰り返し交際を要求され、自宅に押しかけられる等の事実があるとして、被害者の同僚であった子会社の従業員から親会社の相談窓口に対し、被害者及び加害者について事実確認等の対応をしてもらいたいとの依頼があったにもかかわらず、加害者に対する事実確認は行ったが、被害者に対する事実確認を行わなかったことについて、被害者である元従業員から親会社に対し、安全配慮義務違反を内容とする損害賠償請求を行ったものです。

第1審は、セクハラ行為がなかったとして、請求を棄却しました。
高裁は、1審と異なりセクハラ行為があったことを認めました。そのうえで、親会社の運用するコンプライアンス相談窓口に調査及び善処を求められたのに対し、親会社の担当者がこれを怠ったことによって、被害者の恐怖と不安を解消させなかったことが認められるとして、親会社に債務不履行による損害賠償責任を負わせ、220万円の慰謝料等の支払いを命じました。

これに対し、最高裁判決は、被害者を雇用していた子会社が負うべき雇用契約上の付随義務を親会社自らが履行し、または親会社の直接間接の指導監督の下で子会社に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない、としました。
そして、子会社が雇用契約上の付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって、親会社の被害者に対する信義則上の義務違反があったものとすることはできないと、しました。
そのうえで、親会社が、法令遵守(コンプライアンス)体制の一環として相談窓口制度を設け、これを周知してその利用を促していた等の事情から、グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、相談窓口に申出をすれば、親会社は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、申出をした者に対し、整備された仕組みの内容、申出の内容等に応じて適切に対応するべき信義則上の義務を負う場合がある、としました。

本件における結論としては、①申出をしたのが被害者の同僚であって、被害者ではないこと、②相談窓口の仕組みの具体的内容として、相談の申出をした者の求める対応をしなければならない、としているとは伺われないこと、③申出がなされた相談内容が、被害者の退職後に、事業場外で行われた行為であり、親会社の職務執行と直接関係しない、などの理由により、親会社が申出によって求められた事実確認等の対応をしなかったことをもって、親会社は被害者に対して損害賠償責任を負わないとしました。
 
 最高裁は、直接の雇用関係がないグループ会社の従業員に対し、親会社が、雇用主としての義務を負わないことを明確にしつつ、法令遵守体制の一環として、親会社が、相談窓口制度を設け、これを周知してその利用を促すなどしていたことを踏まえ、整備された仕組みの内容や申出の内容に応じて適切に対処すべき信義則上の義務を負う場合があることを明確にしたものであり、グループ企業における内部通報制度の運用について、運用者たる親会社に一定の義務があることを認めたものといえます。

 内部通報制度の運用者たる親会社の具体的義務については、さらなる判例の集積が待たれるところですが、現段階において、企業のコンプライアンス体制に関する貴重な判例ですので紹介させていただきました。