「債権法」抜本改正へ

日本経済新聞は1月4日の朝刊で、法務省が民法の柱の一つである「債権法」の抜本的な見直しに着手し、2009年の法案提出を目指すと報じました。法相が省内に設置を指示した「民法改正委員会」(座長・内田貴東大教授)が検討を進めるとのこと。
同報道によれば、IT(情報技術)や国際化の進展で多様化する契約形態を法律で明確に位置づけ、「消滅時効」の見直しも検討するとのことです。
まだ少し先のことではありますが、新・会社法の制定などに続く大型の改正と言えますので、現行民法の概要を改めて紹介したうえ、見直しが予想されるポイントについて簡単にご説明いたします。

民法は私人同士の権利義務について定める法律です。私人というなかには勿論、民間会社など私法人も含まれます。民法は財産法と親族法に分かれます。親族法は親子関係や夫婦関係など親族関係(第4編)、相続関係(第5編)について定めています。財産法は私人間の財産的な権利関係、取引関係を定めるもので、物権編(第2編)、債権編(第3編)に分かれます。このうち、今回見直しの対象とされているのは、「第3編 債権」に関する部分です。
民法は明治31年(1898年)に施行され、親族法に関する第4、5編は憲法改正に伴って昭和22年(1947年)に改正されましたが、財産法に関する部分について抜本的な改正はされていませんでした。平成16年改正で全条文が口語化され、このとき貸金等根保証契約に関する改正などいくつか重要な改正があったものの、内容的には抜本的な改正ではありませんでした。
民法は財産的権利を物権(ぶっけん)と債権(さいけん)に大別しています。
債権はある人に対して一定の行為を請求することのできる権利と一般には解釈されており、例えば、貸した金の返済を請求する権利、商品代金を請求する権利、買った物の引き渡しを請求する権利などです。債権は通常、「契約」(意思表示の合致、すなわち合意)によって発生します。そのほか、交通事故など「不法行為」によっても発生します。このとき発生する債権は「被害者が加害者に損害賠償を請求する権利」です。民法はその他2種類の債権発生原因を定めますが、ここでは割愛します。
ちなみに、物権の代表選手は所有権であり、そのほか、現在ではあまり一般的ではありませんが地役権・地上権などの用益物権、抵当権・質権などの担保物権があります。
民法は財産法の一般法であると言われます。その意味は次のような側面から説明できます。
まず、商取引に関しては「商法」が優先的に適用され、商法に規定がない部分について総論に戻って民法が適用されるという関係にあります。商取引は大量、迅速になされるべき要請が強いというのが理由です。
他方で、企業と消費者の取引については、消費者契約法、特定商取引法など、いわゆる消費者法が優先的に適用される場面があります。取引に関して情報不足となりがちな消費者を保護するという政策目的のためです。消費者法ではありませんが、借地借家法も居住者などの保護のために民法の原則を修正する特別法です(民法は賃貸借契約について定めています)。労働基本法など労働法も民法の原則を修正する特別法です(民法は雇用契約についても定めています。)。
いわば、民法は、対等な力関係にある私人同士における、商取引特有の事情が当てはまらない取引について定めています。

そこで、債権法の見直しが着手されたという話に戻ります。報道内容によれば、債権法のうち、主に「契約」に関する改正がなされるように見受けられます。現行民法は「契約」として、売買や賃貸借、消費貸借など13種類の契約について定めています。法学の講義ではこれを「典型契約」と呼び、ここに規定されていないが現実には行われている契約、例えばリース契約などは「非典型契約」と呼んで、典型契約のどの性質が当てはまるか、といった議論をします。
報道では、債権法が想定していなかった契約として、フランチャイズ契約、ライセンス契約、ファクタリングを例示していますが、改正民法が、どの契約を取り上げて民法上規定することになるのかが関心事です。フランチャイズ契約やライセンス契約などは実際は商取引の場面で登場しますが、これらが商法ではなく民法に規定されるとなると、民法と商法の守備範囲をどこで画するかも問題となりそうです。また典型契約の内容も見直され、中には典型契約のグループから落とされるものもあるかも知れません。
ネット取引への対応も課題です。問題の一つは契約の成立時期です。契約はその申込みと承諾が合致して始めて成立となります。民法は離れた土地にいる人同士のやりとりでは、申込みを受けた人が承諾の通知を例えば郵便で発送した場合、発送時点で契約成立としています。なるべく早く契約を成立させた方がいいし、そうしても当事者は困らないとの判断があるとされていますが、果たしてそれでよいか。この点電子契約法は、承諾の意思表示が申込者に到達することによって契約成立との考えをとっていますが、これは消費者と事業者との間に限っており、この考えが一般化できるか。そもそも、現在のIT社会においては、「隔地者間取引」という前提自体が合理性がないのではないか。
そのほか、現代社会に合わないか、必要性の乏しくなった条文がかなり洗い出されて、改正又は廃止されることが予想されます。