「過労自殺」について

 梅本 弘

2000年08月17日

【悪化する労働条件と社員の自殺】
不況下でリストラが進むのに伴い、多くの企業で労働条件が悪化し、働く人たちの疲労やストレスが高まっています。
過労による脳卒中や心臓疾患が労働災害として認定される事例も増えてきました。
また、働き盛りの人がうつ病などで自殺するという痛ましい事件もしばしば報道されています。
それに伴い、死亡した社員の遺族が会社に対して、「自殺は会社における過労が原因であり、会社は社員に対する安全配慮義務を怠った」として、会社を訴えるケースも増加してきました。
社員の自殺について、遺族は会社に対しどのような責任追求をすることができるか。また、会社側は、社員の自殺を防止するため法律上どのような責任を負っているか。
今回はこの問題を取り上げます。

【電通過労自殺事件】
これは、大手広告代理店「電通」の社員Aさん(当時24歳)の自殺をめぐり、両親が「自殺は長時間労働の過労によるうつ病が原因」と主張して、電通に対し損害賠償請求の訴訟を起こした事件です。
Aさんは平成2年4月に電通に入社し、ラジオ局に配属され企画立案などの仕事をしていましたが、長時間の残業が続き、担当イベントが終了した直後の平成3年8月に自殺しました。
両親は、平成5年に東京地裁に提訴しました。
平成8年に第1審の東京地裁の判決があり、その控訴審である東京高裁の判決が平成9年にありました。
両判決とも会社側の責任を認めました。ただし、東京地裁が会社側の責任を全面的に認めて約1億2600万円の賠償金の支払いを命じたのに対し、東京高裁は、Aさんのもともとの性格が自殺の一因である、また両親側にも自殺を防ぐ方策があったはずである、などと判断し、賠償額を約8900万円に減額しました。
会社側、両親側双方ともこの判決を不服として最高裁判所に上告しました。
平成12年3月24日、この事件に対する最高裁判所の判決が下されました。
最高裁は、電通の責任を明確に認める判断を示したうえで、本人や両親側の事情で賠償額を減額するべきではない、と判示しました。
この判決は、長時間労働と自殺との因果関係を認定し、会社の責任を明確に認めた最初の最高裁判決となり、マスコミにも大きく取り上げられ、社会的注目を浴びました。

【最高裁の判断】
最高裁判決は次のように言っています。
「会社は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務がある。」(企業の基本的義務)
「Aさんは、心身ともに疲労困ぱいした状態になり、それが誘因となって、平成3年8月上旬ころうつ病になり、8月27日、うつ病によるうつ状態が深まって、衝動的、突発的に自殺するに至った。」(過労と自殺との因果関係)
「上司は、Aさんが恒常的に長時間にわたり業務に従事し、健康状態が悪化していることを認識しながら、負担軽減措置を取らなかったことに過失がある。平成3年3月ころ、帰宅してきちんと睡眠を取るよう指導したのみで、同年7月以降はかえってAさんの負担は増加した。」(管理職の過失は会社の過失)
「結局、会社側は、Aさんが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事し、健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減する措置を採らなかった過失がある。」(本件の電通の責任)
また、Aさんや両親側の事情をしんしゃくして賠償額を減額した2審の東京高裁の判断については、
「Aさんがうつ病に結びつきやすい完ぺき主義な性格であるとしても、通常想定される範囲を外れるほどの性格ではないから、賠償額の決定でしんしゃくすべきではない。」
「両親がAさんの勤務状況を改善できる立場にあったといえないから、両親には過失はない。」(過失相殺の否定)
最高裁の判断は概略以上のようなものです。

【オタフクソース事件】
この最高裁の判決の後、平成12年5月18日、広島市の調味料メーカー「オタフクソース」の社員の自殺をめぐって、広島地裁が同様の判決を出しています。いわく、
「自殺当時慢性的な疲労状態にあり、人員配置の変更に伴う精神的な負担の増大でうつ病を発症、衝動的に自殺した。」
「会社は劣悪な作業環境を認識でき、心身の負担増も予測できた。」
「結局、会社は社員に対する安全配慮義務違反があった。」

【判例から学ぶべきこと】
社員の自殺をめぐっては、以前から行政や司法の面で、被害者や遺族の救済を積極的に考慮しようとする流れがありました。
労働省では労災認定の基準緩和に向けて客観的にストレスの度合いを判断する評価表を作成していますし、司法の場でも、「過労自殺」を救済するケースが下級審で相次いでいました。
今回の最高裁判決は、このような流れをあと押しするものであり、同種の訴訟や企業の労務管理のあり方に大きな影響を与えるものと思われます。
また、社員が実際に働いた時間が申告した残業時間より多い、いわゆる「サービス残業」の実態について、上司がその実態を知りながら負担軽減措置をとらないことにも警鐘をならすものです。
平成12年4月から、仕事のやりかた、労働時間の配分を本人に任して、一定の時間を労働時間とみなす「裁量労働制」が設けられましたが、そのような制度のもとでも、企業は、社員の健康管理などに配慮しなければならないという義務については免責されません。
今後、企業には社員の疲労やストレスについてより充実したケアの体制を整えることが求められています。