桜の咲く頃、うまい干物が出る居酒屋へいざ行かんとタッタカタッタカ向かっていた私の目に飛び込んできた１０本２８０円の立て札。
１０本で２８０円？チューリップが？
そこは初めて通る道。そんなところに花屋があるなんて知らなかった。
花が安売りされているときは、たいてい咲き切ってしまっていたり、葉っぱがショボショボしてしおれかけだ。このチューリップもそうなのだろうと近づいてみると、驚いたことに新鮮そのもの。かすかに膨らみかけたおおきな蕾に、しゃっきりした葉っぱに切り口も瑞々しいしっかりした茎。これで驚異のお値打ち価格。
見渡すとほかにもいろいろと立て札がある。色とりどりの花や木がモリモリと置かれていてなんだか全部安い。薔薇ですら５０本で１８９０円。なんだここは。なんなんだー。
切り花は綺麗なのだけれど、すぐ枯れてしまうのが難点だ。だったら観葉植物を買って長く楽しむほうがいい。グリーンは観ているだけでなんだか心も落ち着くし目にも優しい。
・・・いや、正直に言おう。ほんとは毎日花のある生活がしてみたい。でも花って高いのよ。
それがこんなに安いなら、全然買えるじゃん！いっきにテンションが跳ね上がる。３０本買ったって１０００円いかない！もう買う前からウハウハである。
黄色のチューリップはかわいいから絶対買うとして、同色の小さなヒマワリも入れて、白い花とグリーンを散りばめて、お題は春。ええやん～。でもいろんな色のチューリップをドサッと飾ってもいいかも。アドレナリン出まくりである。
薔薇を豪華に活けるのもやってみたいし、大きなダリアをオシャレにアレンジもしてみたい。紫陽花もこんもりしててとっても可愛い。あかん、お花好きかも。すごい楽しい。お花屋さん開きたい。働いているお姉さんたちが羨ましい。
これまで溜めていた花への想いが一気に噴出する。ストレスも何もかもふわぁ～っとどこかへ飛んで行った。
と、携帯が鳴って我に返った。しまった、飛んでいってる場合じゃなくて干物を食べに行くんだった…。花束を抱えて居酒屋に入るわけにもいかず、その日は後ろ髪をぎゅうぅぅぅぅぅっと引かれながら泣く泣く諦めたのだった。
翌日から花屋さん通いが始まった。
夜遅くまで開いているので、残業してからでも間に合うのがまたいい感じ。山もりのお花に囲まれてどれにしようか迷いたい放題選びたい放題である。もちろん１本数百円もする高いものもあるけれど、そういう花は、そこでじっくり鑑賞させていただくことにしている。
店員さんに、アレンジのコツとか水揚げの方法とか、これは綺麗だけれど実は数日しか持たなくてパラパラ花びらが落ちるから掃除が大変だとか、いろんな情報をもらうのもまた楽しい。知識がぐんぐん吸収されていくこの充実感の心地いいこと。脳みそに空きがいっぱいあってよかった。こういうこともあろうかとわざと余白を残しといたのさ。
先日はついに念願のピオニーを２０本どどーんと購入した。いわゆる芍薬である。
芍薬イコール和風なイメージがあったのだけれど、海外ドラマや洋画やおしゃれな雑誌を見ていると、セレブな家には必ず豪華にアレンジされたピオニーが飾られているし、愛の告白の花束に使われたり、ウェディングブーケにもなったりしてとても人気があるのだ。何十枚、何百枚と詰まった花びらは重量感たっぷりで、子供の頃に憧れたお姫様ドレスのようでもあり、リッチな気分と女子気分を一気に味わえる。上品で優雅な香りもその姿とぴったり合って、本当に本当にうっとりしてしまう。２０本のピオニーが一斉に満開になったときの圧倒的な美しさといったら！一日中眺めてたってまったく飽きない。夢が叶ってとっても幸せ。
いろいろな花をたくさん手に入れて、ようやく花への興奮も落ち着いてきた先日、もうひとつやってみたかったことを実現した。カスミ草だけを大きなガラス花瓶いっぱいに活けたのだ。白く小さな花をたくさんつけるカスミ草は花束の脇役として使われることが多いが、主役に大抜擢してあげてもきっと素敵に違いないと思ったのだ。
思惑どおり、優雅でボリューミーな作品ができあがった。かなり満足である。
さて次はどんな花を活けようか。ネットでいろんなアレンジメントを検索したりYoutubeで花の活け方を勉強したり。
そういえばどこからか肥料のにおいがするなあ。いつからだろう。最近新しい鉢物は買っていないし、外からただよってくるのかしら？変なにおいの元を探し警察犬のように家じゅうをクンクンかぎまわった。あ、この辺がくさい！
まさかまさか？純白の花束に顔を近づけると、尋常じゃないにおいである。そんなことってある？花がくさいって・・・。しかも肥料臭って・・・。
花屋のお姉さんに「買って帰ったカスミ草、くさいんですけどー」と話しかけると、忙しそうにパタパタと歩きまわりながら「そうよ、くさいでしょアレ。１本くらいならたいしたことないんだけど。大きな箱に何十本も入った状態で仕入れるんだけどね、開封する時溜まったにおいが一気にでてきてねー、ほんとにくさいのよ。私大嫌い！」
そういうことは買う前に教えてほしかった。美しいものにはトゲどころか肥料臭まであるなんて。
窓越しに、突風にワサワサと揺さぶられながら恨めしげにこっちをみているヤツがいる。ついさっきまでテーブルの上で賞賛を浴びていたのに、即効ベランダ行きとなったカスミ君。またしても主役になれなかった悲哀がただよう。万年脇役の謎が解けた。
