種類株式を活かしたベンチャー企業の資金調達

東京証券取引所が「種類株式」の取引市場を開設する方針とのことです(日経新聞4月23日朝刊)。ジャスダックでも、まだ取引されている銘柄はないものの、既に平成18年に「種類株式」の取引市場を開設しています。
これらの動きについては「投資家が『種類株式』を売買しやすくすることで、株式会社が資本市場で資金調達する途が広がるのではないか」といったコメントがなされています。

さて、ここでいう「種類株式」とは何を意味するか、再確認しておきましょう。
株式会社においては、そもそも「株主平等の原則」が妥当します。つまり、株式は会社に対する所有権を分割して単位化したものなので、株式がもつ権利の内容は全て同じ、したがって、会社は株主をその有する株式数に応じて平等に取り扱わなければならない、ということになります。
これに対して、会社法は、剰余金の配当、議決権行使の対象などについて(普通株とは)異なる取り扱いを定めた株式を発行することを認めています。
平たくいえば、普通株とは異なる種類の株式を認めているという意味で、その株式のことを「種類株式」といいます。
どのような事項について異なる取り扱いを定めることができるかは会社法108条1項に列挙されています。
近年の一連の商法改正以前からも、株主総会での議決権がない一方で利益配当等については他の株式より優先する株式を発行することは認められていました(平成13年商法改正以前の優先株式。これを用いて国が金融機関に公的資金を注入したこともありました)。
ここ数年の商法改正や、昨年5月施行の会社法により、株式間で異なる取り扱いを定めることができる内容が広がりました。
どうして会社法は、種類株式を認め、しかもそのメニューを豊富に揃えているのかといえば、それは「資金調達と支配関係の多様化を図るため」といえます。
例えば、ベンチャー企業が資金調達のために株式を発行してベンチャーキャピタルに引き受けてもらう場面を想定してみましょう。

まず、ベンチャー企業を起業した者(自身も株主)としては、これから事業を展開していくために外部からも資本を注入してもらいたい、しかし、企業の支配権は維持したい、と考えているでしょう。
ベンチャー企業が何か特殊な技術を活かして事業展開しようとしている場合、起業家には「この技術をよく理解しているのはこの自分だ。この技術でビジネスをするには自分の知識が不可欠だ。」という自負があります。
ところが、議決権に何ら制限がない株式を用いれば、起業家が外部から資本を得ようとして株式を発行すればすれほど、起業家が有する議決権の割合は低下してしまい、経営に対する支配権を失うことになりかねません。
他方、資金提供する側のベンチャーキャピタルとしては、特殊な技術の理解は完全でないでしょうから、技術を開発しいかにビジネス化していくのかについては、ある程度起業家の判断に任せるのが合理的です。
ところが、ベンチャー企業が技術を活かしてうまく成功すれば大きなリターンを得ることができる一方で、もし起業家に経営を委ねて失敗した場合には損失を被るリスクを抱えています。
そのため、損失を避けるためベンチャー企業の経営に対し一定のコントロールを及ぼす必要も出てきます。

結局、起業家は、株式を発行して外部資本を得たいけれども企業の経営権は失いたくない、他方、ベンチャーキャピタルは、起業家の裁量を認めつつも損失を避けるために企業経営に対し一定のコントロールを及ぼしたい、という状況になります。
普通株によれば、出資割合と議決権割合(支配権の大小)が比例してしまうため、大量の出資は企業経営に対する支配権の変動につながり、上記のそれぞれの要請を同時に両立させるのが難しくなります。
そこで種類株式制度を用いて、ベンチャーキャピタルが引き受ける株式については、例えば、議決権行使の対象を合併や営業譲渡など一定の重要事項に限定しつつ、配当面では有利な取扱いをするということが考えられます。
これにより起業家としては出資を受けつつ支配権を一定範囲で維持できますし、ベンチャーキャピタルとしても日常の経営については起業家に委ねつつ重要事項についてはコントロールを及ぼすことができます。
以上はベンチャー企業の起業家とベンチャーキャピタルの間の利害の調整の問題ですが、種類株式は、ある企業に複数のベンチャーキャピタルが出資する場合の、ベンチャーキャピタル間の利害調整にも利用できます。
また、設立間もないベンチャー企業だけでなく、既に株式公開しているような企業も種類株式を発行できます。

種類株式の取引市場が本格的に動き出せば、種類株式を利用した資金調達を行いやすくなります。
種類株式は株式の内容を柔軟に設計できるところが利点ですが、見方を変えると複雑な金融商品になるということです。取引機会の拡大にあたっては、投資家保護も問題になってくるのではないかと思います。
こうした点については、また別の機会に考えてみたいと思います。