投資契約における「みなし清算条項」の効力

<ポイント>
◆「みなし清算条項」は株主間でM&Aの対価をいかに分配するかのルール
◆IPOの困難さを考えると「みなし清算条項」は重要
◆その一方で具体的な効力については疑問も残る

ベンチャー企業への投資案件において重要な条件のひとつに「みなし清算条項」があります。投資対象となるベンチャー企業について株式売却や合併などのM&Aが実施される場合に、その対価を株主間でいかに分配するかを定める条項です。
優先株式を発行することを前提に、ベンチャーキャピタルなど外部投資家への優先配分を定めることが通常です。
「みなし清算条項」を含めて投資契約上の重要な条項については以前2回にわたって説明させていただきましたのでご参照ください。
2013年9月1日掲載「投資契約とはどのようなものか?」(第1回)「投資契約とはどのようなものか?」(第2回)

この数年はIPO(株式上場)の件数は増加してきましたが依然としてベンチャーがIPOにこぎつけるのが容易でないことに変わりありません。M&Aも投資回収の方法として視野においておくべき状況にあって「みなし清算条項」はベンチャー企業の経営株主と投資家の双方にとって影響が大きい問題です。

この「みなし清算条項」については契約(投資契約や株主間契約)のほかにベンチャー企業の定款で取り決めておくことができるかということが議論されています。
種類株式の内容を規定する会社法108条の文言にあたらないことを根拠に否定的な見解もある一方で、経済産業省は研究会報告書のなかで「みなし清算条項」を定款規定とする取扱いを紹介しています。(2011年3月「未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書」、2015年3月「ベンチャー投資等に係る制度検討会報告書」)
経産省はこの点をベンチャー投資を活発化させるための環境整備の一環として捉えているようです。
「みなし清算条項」に関する定款規定が有効であるとすれば、株主間契約や投資契約の当事者となっていない株主に対してもその効力が及ぶと考えられます。また、株式譲渡などで株主構成に変更があった場合に、いちいち変更契約をせずとも「みなし清算条項」のルールが適用されると考えられます。定款規定肯定説はこうしたことがメリットであると主張しています。
また、定款規定とすることで「みなし清算条項」による対価配分ルールをM&Aの買い手にも主張しやすくなるでしょう。たとえば合併契約中の対価分配条件が定款に違反する場合は合併の無効原因にあたりうるため、M&Aの買い手としてもこうした定款規定を無視しにくいところです。
このようなことからすれば「みなし清算条項」を定款規定とすることで、その効力が及ぶ相手が拡大されるという側面はあります。

しかし、その一方でM&Aが株式譲渡によりなされる場合にはどうでしょうか。
会社自身は譲渡承認や名義書換えにより関与はするものの譲渡の契約当事者ではなく、契約は売り手と買い手の間でなされます。特に株式の買い手が「みなし清算」に関する定款規定に拘束されるとは考えがたいところです。仮に定款規定があっても効力の範囲には問題が残るということになります。結局この点は株主間の契約でカバーしていくということになるのでしょう。

株主間での対価分配に優先順位をつけるという趣旨は分かりやすいものの、「みなし清算条項」については実際にその適用場面を想定していくと不明な点、法的拘束力に疑問が残る点が多くあります。
契約や定款に規定がある以上は完全に無視するという態度は望ましくなく、実行の局面において抽象的な規定を手掛かりにしつつ具体的な取扱いを当事者間で協議するということになります。
各株主が充分にリターンを得ることができるようなバラ色のM&Aであればこうした協議はまとまりやすいでしょう。
しかし、成功が確実視されないからこそベンチャーなのであって、今後、思ったような投資回収にこぎつけることができないケースで「みなし清算条項」をめぐって争いが生じるケースも出てくるのではないかと考えています。