成果主義賃金制度導入についての裁判例(ノイズ研究所事件)
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従来の年功序列方式の賃金体系をやめ、成果主義を採用する企業が増えてきています。
今回は、成果主義賃金制度導入についての判例を紹介したいと思います。

平成18年6月22日、東京高裁は、それまでの年功序列型賃金の賃金制度を廃止して成果主義賃金制度を導入したことに伴う労働条件変更の有効性について、一審の判断を覆して有効であると判断し、変更の無効を主張する従業員側の請求を棄却しました。

給与規程は通常就業規則の一内容とされ、従来給与規程の変更の問題は就業規則の変更による労働条件の不利益変更の有効性の問題として論じられてきました。

判例の基準は、労働条件の不利益変更は合理性を有するものであれば変更に同意していない労働者に対しても効力を生ずる、というもので、合理性をいかに判断するのかが焦点となってきました。
平成9年2月28日の最高裁は、合理性の有無は以下の諸事情を総合考慮して判断する、と判示しました。
(1)使用者側の変更の必要性の内容・程度
(2)変更によって労働者が被る不利益の程度
(3)変更後の就業規則の内容自体の相当性
(4)代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
(5)労働組合等との交渉の経緯
(6)他の労働組合または他の従業員の対応
(7)同種事項に関するわが国社会における一般的状況等

今回の紛争についても、一審、控訴審とも、上記の基準で判断をしているのですが、結論は異なりました。
なぜなら、上記の基準では多数の要素を総合考慮して判断するため、どの要素を重視するかによって結論が全く異なりうるからです。

本件では、会社側は給与月額が下がる従業員に対しては、新制度導入後2年間基本給の減額分について一定の調整手当を支給することにしており、その支給割合は1年間はその100%、2年目は50%でした。また、調整手当の受給者については昇格要件を緩和しました。

横浜地裁川崎支部はこれについて、「調整手当の支給期間が2年間というのは、あまりに短く、代償措置としては不十分」、「昇給要件の緩和があっても昇給できない者があった場合には、給与の減額を受認するしかなく、相当とはいえない」、「退職金、地域手当や役付手当などに関して不利益を受ける者についての代償措置は何ら講じられていない」などとし、経過措置、代償措置ないし緩和措置としては不十分であり新賃金制度のうち賃金減額及び地位降格の効果を有する部分は、原告らの関係において無効と判断しました。

これに対し東京高裁は、会社側は主力商品の競争が激化した経営状態の中で従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったのであり、新賃金制度は従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく、賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって、どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、昇給することができるという平等な機会を保障しており、人事評価制度についても最低限必要とされる程度の合理性を肯定しうるものであることからすれば、上記の必要性に見合ったものとして相当であり、経過措置もしくは代償措置は合理性判断の一要素としてして考慮するに留まり、本件経過措置はいささか性急なものであり柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえないのであるが、それなりの緩和措置としての意義を有することは否定できないとし、労使の交渉経過やそれなりの緩和措置が取られたことなど諸事情を総合考慮するならば合理的な内容なものであり、原告にも効力を生ずる、との判断を行ったのです。

このように同じ基準によるかのように見えながら全く異なる結論の二つの判例を見ると、全く予測がつかないかのようにも見えます。
ただ、上記の最高裁判例においても経過措置がないからといって合理性判断は左右されないと述べていることや、本件で上級審である高裁の判断が経過措置を絶対視していないことは今後の裁判例にも影響があると思われます。
新賃金制度の導入においては、何らかの経過措置の導入が必要とされることが多いとは思われますが、この判例はどの程度の措置が必要かについての参考になるでしょう。