労災の場合の打切補償と解雇に関する裁判例
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<ポイント>
◆労災による休業期間中は原則として解雇はできない
◆例外的に打切補償を支払って解雇する制度あり
◆打切補償による解雇の有効性に関する珍しい裁判例

近年、労働者が業務上負傷したり病気になったりした場合の労災にまつわる紛争が増えています。
特にうつ病など、いままであまり問題にならなかったメンタル面での不調については、工場などでの作業中の外傷などの場合と異なり、そもそも不調が業務上の原因に基づくものかどうかにはじまり、復帰が可能か不可能かなど、判断が難しい問題が増えていますので、会社側としてはメンタル面での不調を含め労災と思われる事案が発生した場合の対応方法について基本的な知識を持っておくことが必要です。

今回は、労災の場合の打切補償と解雇に関する平成22年9月16日付けの東京高裁判例をご紹介します。

この事案では、過労とストレスによる業務上の病気を理由に就労しなくなった従業員に対し、会社が労働基準法81条に基づき打切補償金を支払い解雇しました。
これに対し、従業員がこの解雇の無効を主張し、従業員としての地位を有することを確認する訴えを提起しました。

労働基準法は労災と解雇の関係について、19条1項で「使用者は、労働者が業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業する期間とその後30日間は、解雇してはならない。」と定めています。
そして、但書で例外を定め、「労働基準法81条の規定によって打切補償を支払う場合においては、この限りでない。」としています。
そして、労働基準法81条では、休業補償を受けている労働者が療養開始後3年を経過しても負傷または疾病が治らない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後は休業補償を行わなくてもよい、と規定しています。

本件判例の事案では、労働基準法81条に基づいて療養開始後3年経過した時点で打切補償を支払い解雇を行いました。これに対し、従業員側は、労働基準法19条1項但書きは、打切補償を支払えば解雇が可能になるというような解雇事由を定めたものではない、と主張しました。そして、解雇を有効に行うためには、打切補償を支払っただけでは足りず、「客観的に合理的な理由」が存在し、かつ、「社会通念上相当であると認められる場合」であることを要するとして、本件解雇は合理性や社会通念上の相当性を欠き、無効であると主張しました。

この点に関して裁判所は、以下のように判断しました。
少し長いですが、裁判所の打切補償と解雇についての考え方がわかりやすく書かれているのでほぼそのまま引用します。
「労働基準法19条1項が業務上の疾病によって療養している者の解雇を制限している趣旨は、労働の対価として報酬を支払うという労働契約の性質上、一般に労働者の労務提供ができない場合や労働能力の喪失が認められる場合には、解雇に合理的な理由が認められ、特段の事情がない限り社会通念上も相当と認められるというべきところ、業務上の疾病による労務の不提供は労働者の責任による債務不履行とは言えないことから、労働者が労働災害補償としての療養のための休業を安心して行えるよう配慮して、例外として解雇を制限したところにある。
そして、労働基準法19条1項但書は、さらにその例外として、労働基準法81条に定める打切補償を支払う場合には、労働基準法19条1項の解雇制限に服することなく労働者を解雇することができると定めているものである。
なお、この打切補償とは、業務上の負傷または疾病に対する事業者の補償義務を永久的なものとせず、療養開始後3年を経過したときに相当額の補償を行うことにより、その後の事業主の補償責任を免責させようとするものである。
このような労働基準法の解釈に照らすと、打切補償の要件を満たした場合には、雇用者側が労働者を打切補償により解雇することを意図し、業務上の疾病の回復のための配慮を全く欠いていたというような打ち切り補償の濫用ともいうべき特段の事情が認められない限りは、解雇は合理的理由があり社会通念上も相当と認められることになるというべきである。」

つまり、この裁判例は、会社側によほどの濫用的な意図がない限り、法の定める手続きに従って打切補償を支払った場合は、解雇は有効と認められる、ということを明確にしたのです。

この結論は法律の文言から見て当然のように思われますが、これまでこの争点に関して判断した裁判例は公刊物上見あたらず、私自身も打切補償の制度を使って解雇を行った事案は聞いたことがありませんでした。
東京高裁が、この点について明確に法的判断をしたことは実務上おおいに参考になると思われます。