内部通報は社員の義務か
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<ポイント>
◆全社員に内部通報を促す経営トップの強いメッセージが必要
◆社員全員が不正行為等を監視する仕組みと態勢が必要
◆通報が義務であれば通報者に躊躇の余地がなくなる

内部通報制度を導入する会社は大きく増加しましたが、その取り組み姿勢にはかなり温度差があるようです。それはこの制度について会社が発しているメッセージにも表れています。
例えば、「通報することができる」という表現では利用者側は「ウエルカム」かどうかわかりません。むしろ本音は利用してほしくないと思っているのではないかと疑います。
「通報すべきである」という表現はそれよりも積極性が感じられますが、実際に利用しやすい仕組みかどうかが問題です。通報の内容や手段を制限し、匿名を許さず、社外窓口(弁護士)を設けない、というようなハードルの高い仕組みであれば通報意欲は消極的になります。
最も強い表現としては、「通報すべきであり、通報することが社員の義務である」というメッセージが考えられます。
現在そのようなメッセージを発している会社は多くありませんが、最近増加しつつあります。

会社内には不正行為等が多かれ少なかれ必ず発生します。そのため就業規則その他諸規定を設け、内部監査室や監査役(取締役)、また多くの管理職が監査・監視・監督機能を果たしています。しかし、それだけで水も漏らさぬ監視機能を果たせるわけはありません。
他方、もし誰かが不正行為等を行っていたとすると、その部署または近隣部署の社員の誰かがそのことに気がつくということは珍しいことではありません。むしろ、必ず誰かは気がついている、と言っても過言ではありません。
そうであれば、会社としては、そういう社員が進んでその情報をその部署やしかるべき部署に提供するように、内部通報等の積極的な利用を促すべきです。内部通報はウエルカムであるという程度の消極的姿勢ではなく、より強い、積極的なメッセージを発する必要があると思います。

次に、社員側においては内部通報制度をどのように認識、理解すべきかについて述べます。
社員は、ときに同僚社員や上司が不正行為を行っていることを知る場合があります(前回の設例参照)。場合によってはある部署が組織ぐるみで行っていることを知る場合もあります(経理部による会計操作など)。
その社員は、事実を知った以上、それについて「知らぬふり」、「見て見ぬふり」の態度をとるべきではありません。それでは、その不正行為や隠蔽工作に間接的に協力したことになります。自身も関与した場合は共犯として扱われる可能性もあります。
それによって、法律上、就業規則上または道義上どのような制裁を受けるかは別にして、何らかの非難の対象になることは間違いありません。
そこで、何はともあれ、直属の上司に事実を報告して「部署内解決」に協力すべきで、それができないか、奏功しなかった場合は、内部通報を行うべきです。

問題は、この場合に内部通報が要請される程度が、「内部通報することが望ましい」というレベルなのか、「内部通報すべきである」というレベルなのか、「内部通報することが社員の義務である」というレベルなのか、ということです。
この違いは、実行されなかった場合の制裁とも関係します。前2つはいわば道義的な要請ですから制裁は想定されていません。「義務である」とする場合は、義務を実行しなかった場合の何らかの制裁を(例えば、就業規則上で)定めることは可能です。もっとも、多くの法律やルールのなかには、「義務であるが違反の場合の制裁はない」というものも少なくありません(例えば、自動車の後部座席のシートベルト着用)。

制裁の点はさておき、筆者としては、少なくとも内部通報が要請される程度は、「のぞましい」とか「べきである」というレベルを越えて、「義務である」というレベルであると考えています。
会社の不正行為や企業不祥事を防止するためには、監査部門や管理監督者等に任せるだけでは不十分で、すべての社員がどこかに不正行為の種がないかを監視し、もし気がついたときは、内部通報制度等を利用して、その解決のために一定の役割を果たす、これはコンプライアンス経営に不可欠の条件だと思います。

ところで、内部通報に対する抵抗感の一つに、「密告」、「告げ口」、「ちくり」などの言葉から連想する何となく後ろめたい気持というものがあります。
もし、「内部通報は義務である」という規範、観念が定着すれば、通報者のこのような感情的抵抗感を除去することにも役立ちます。なぜなら、通報者は「義務とされているから通報する。義務なのだから当然だ」と考え、自分の行動に自信を持つことができるからです。

ちなみに、2013年3月、兵庫県小野市で「市福祉給付制度適正化条例」が制定されました。これは、生活保護費の不正受給等を防止するため、市民全員にその監視への協力と情報提供を求めたものです。ここで注目すべきは、これを単に市民に対するお願いではなく、条例をもって「市民の責務」(責務と義務はほぼ同じ)と定めた点です。但し、違反の場合の制裁はありません。