内部通報のさらなる促進を

近年、各種の偽装問題をはじめ、企業の不祥事に関して多くの報道がなされています。これらの不祥事は、いわゆる内部告発がきっかけとなって明らかになったものが多いようです。「内部告発」という用語は、企業内部の関係者がその企業の違法・不正行為について外部への申告を行うことをいいます(内部から外部への申告)。例えば、従業員が、勤務先企業の違法行為について監督官庁に申告するような場合です。
これに似た用語として、「内部通報」というものがあります。「内部通報」は、企業内部の関係者が、企業内部の他の者に違法・不正行為を申告することをいいます(内部から内部への申告)。例えば、従業員が、勤務先企業の違法行為について、企業内部のコンプライアンス部門に申告するような場合です。
報道でも両者の違いを区別していないケースがたまに見られますが、上記のとおり区別するのが一般的です。

内部告発と内部通報は、一見似ていますが、不祥事発覚の経緯として大きな違いがあります。
内部告発は外部への申告です。このため、告発がなされた時点で不祥事に関する情報が、企業が意図しないかたちですでに外部に流出していることとなります。その後に企業が何らかの対応策をとったとしても到底自発的な行動とはいえず、企業自身に自浄作用が乏しいものと受け取られてしまいます。また、企業としては、事前に充分準備することができないままに監督官庁、取引先、メディアへの対応に追われることとなります。混乱のなかで、企業自身が公表内容をたびたび訂正するようなことがあれば、不祥事発覚後の事後対応のまずさ自体が企業の評価を損ないます。
これに対し、内部通報は企業内部での申告で、内部通報がなされた時点では情報は企業内部にとどまっています。企業は内部通報がなされた後すみやかに事実関係を調査し、違法・不正行為があったことが間違いないとしても、これを自発的に公表することで、組織自体に自浄作用があり早期に対応していることをアピールできます。公表前に事後対応についてもある程度検討できるので、監督官庁、取引先、メディアとの関係でも、内部告発のケースで突発的な対応を強いられるのにくらべれば落ち着いて対応しやすいと思われます。

上記のような比較は、内部告発を行うことを批判する趣旨ではありません。内部告発にせよ、内部通報にせよ、違法・不正な行為を明らかにし同種の行為が今後なされないようにする意味で、ともに社会の利益になります。「内部告発するな」とは言えないはずです。
ここで言いたいのは、企業としては、仮に不祥事が起こってしまったとしても内部通報でそれを把握できるようにしておくべきだ、ということです。
内部通報体制が機能していれば、違法・不正行為がなされているとしても早期に発見しやすくなるでしょうし、事態を公にせざるを得ないとしても、企業の評価へのダメージを小さくできます。

報道されている企業不祥事のケースの多くで内部告発が事態発覚のきっかけとなっていることからは、内部通報は充分に利用されていないように思えます。
内閣府は、「民間企業における公益通報者保護制度その他法令遵守制度の整備推進に関する研究会」を設置しており、同研究会の報告書案(2008年2月公表)では、企業における内部通報のための受付窓口(例えば法律事務所を外部窓口とするなど)の設置状況に関して、いくつかの指摘がなされています。
例えば、
・大企業では内部通報の受付窓口自体は設置されていることが多いが、実際の運用を明確化するための規程が整備されていないケースがある。また、法令違反やそのおそれに関する通報はあまりなされていないが、通報により不利益を受けるのではないか、という心理から内部関係者が通報をひかえている場合もありうる。
・中小企業では内部通報窓口の設置自体がすすんでおらず、制度導入に向けた企業の意識を高める必要がある。また、内部通報窓口が設置されたとしても、労働者側の視点からすれば、小規模な組織のため通報者として特定されやすい、などの理由で通報にふみきりにくい。
といった事項が指摘されています。

内部通報を機能させるためには、外部窓口を設置するだけでなく、内部通報の重要性が社内で認識されるよう繰り返し注意喚起しなければいけません。また、通報を促すためには、通報者が不利益な取り扱いを受けないことを社内に伝え、実際上も通報者に不利益が生じないようにしなければいけません。
内部通報を行ったことを理由に企業が従業員に対して解雇その他の不利益な取り扱いをすることは公益通報者保護法により禁止されています(なお、この法律は内部告発の場合にも適用されます)。また、制度設計上、通報者が企業内で特定されないように匿名での取り扱いを維持する仕組みが必要です。
トヨタ自動車のグループ企業に関して、内部通報の外部窓口を担当する弁護士が、通報者の実名を同社に伝えてしまった、というケースが報道されました。弁護士は、通報者の承諾により実名を伝えたとしているようです。もし承諾なく実名を企業に伝えたのであれば、内部通報制度の根幹をゆるがす重大な事態であり、許されないことです。