個人情報保護のためのいわゆる「過剰反応」事例
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11月7日、国民生活センターが「最近の個人情報相談事例にみる動向と問題点ー法へのいわゆる『過剰反応』を含めてー」と題して報道発表を行いました。
http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20051107_2.html
同センターの相談窓口には個人情報保護法への事業者等への対応について「戸惑いの声」も目立つようになったとして、相談事例を列挙し、その問題点をまとめています。
そこでは、いわゆる「過剰反応」事例として(1)生命・身体等に関するもの、(2)学校・保育園に関するもの1)卒業アルバム・連絡網等2)同窓会名簿等、(3)地域の活動に関するもの、に分類して事例を列挙しています。
このうち、ビジネス法分野で問題となりうる点をピックアップしてご説明します。

「(1)生命・身体等に関するもの」との関係で、近時社会問題になったのは、JR福知山線の脱線事故で、家族からの安否確認に回答するかどうかで医療現場に混乱が生じたことです。国民生活センターの前記発表は、「駅のエレベーターで他人の転倒に巻き込まれて怪我をしたときに、その相手方の連絡先を鉄道会社に教えるよう求めたが、拒絶された」という事例を挙げています。
このようなケースでは、個人データの第三者提供禁止の例外規定の一つ、「人の生命・身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難なとき」(個人情報保護法23条1項2号)に該当するか否かが問題となります。
同発表も指摘するように、企業サイドとしては、相手方本人に同意を求めるか、或いは被害者へ連絡を取るように伝えるかして一定の努力をした上で、被害者サイドの緊急性も考慮した上で例外規定を根拠に被害者へ知らせるべきではないかと考えます。
本例外規定に該当するか否かは個々の事案に応じて総合的な利益衡量によって決まるというのが一般的解釈です。つまり、個人データの第三者提供を求める側の必要性(生命・身体・財産保護のため)と、本人が個人情報の保護を求める側の必要性を秤にかけて判断するということです。「本人の同意を得ることが困難なとき」かどうかの判断に際しては、まずは本人の同意を得るべく努力すべきケースか否か、努力すべきケースにおいて、できる限りの努力を実際にしたか否かも関わってくるでしょう。
ちなみに、該当例として経済産業省のガイドラインが挙げるのは、「急病その他の事態時に、本人について、その血液型や家族の連絡先等を医師や看護師に提供する場合」、「私企業間において、意図的に業務妨害を行う者の情報について情報交換される場合」です。
もちろん個人情報保護は徹底されなければならず、その要請に応えるのは企業の責務です。他方で、個人情報保護法は「個人情報の有用性に配慮」することも目的規定に盛り込まれています。その意味では、リスクを恐れる余り、法の趣旨に逸脱し、常識的でない態度を取ることは企業への社会的要請に反することにもなりかねません。

次に「(2)学校・保育園に関するもの」として、保育園で個人情報保護を理由に遠足の写真販売が中止になったとか、卒園アルバムの制作に反対する保護者がいるが問題はないかなどの相談事例が同発表で挙げられています。
同発表では、「保護者全員の同意があれば写真の販売や提供も可能である。しかし、保護者全員の同意が得られなければ、当該活動が実施されない方向で対応されがちである。」と問題点を指摘しています。
私も同じ問題点が生じる事例の相談を受けたことがあります。これも個別事案の状況次第で適法違法の結論が異なる問題と考えます。
一つのヒントは、個人情報保護法が第三者提供を禁止しているのが、「個人データ」の提供であるという点です。「個人データ」とは、「個人情報データベース等を構成する個人情報」のことです。「個人情報データベース等」とは個人情報をコンピュータその他で検索できるよう体系的に構成したもので、電子ファイルなどの顧客名簿や人名録がこれに当たります。
第三者提供の禁止を「個人データ」に限定しているのは、データベース化された個人情報は利用・流通しやすいので、権利利益の侵害のおそれが大きいからです。
園児や児童・生徒の顔写真は、これをカードにして五十音順に整理したりしない限りは、単なる「個人情報」であって、「個人データ」ではありません。
では、単なる「個人情報」を第三者に自由に提供して良いかというと、プライバシー権ないし肖像権の関係で問題が残ります。この観点からは例えば園児の遠足のときの顔写真がプライバシーとして保護されるか、その写真を保護者に販売するのが違法性のある侵害かどうかが問題となります。
私見ですが、開かれた場所で撮影された写真が、本人または保護者にのみ提供され、そこからみだりに第三者に提供されないように告知しておけば、社会通念にしたがって違法ではないとの結論もありうるのではないかと考えます。

個人情報の有用性と保護との兼ね合いでより適正で、かつ円滑なルールを造るには、個人情報の取扱いに関わる全ての人々の知恵と工夫が要求されるところです。
直近のニュースでは、松下電器産業の製品事故に関連して、その購入者をたどろうとしても、個人情報保護のために購入者リストを廃棄してしまっており、そのことが問題解決を難しくさせているとの新聞報道もありました。個人情報保護のためには、できる限り個人情報を貯めないこと、というのは一般的にはよく行われるアドバイスです。
この一件を考えても、法律の理念にしたがったルール作りはまだ手探りの状態にあるといわざるを得ません。