休職事由が消滅したか否かについての裁判例 ―アスペルガー症候群について
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<ポイント>
◆傷病休職制度は解雇の猶予を目的とする制度
◆休職事由の消滅についての判断基準に留意すべき
◆アスペルガー症候群の場合も事業主の配慮義務は契約内容から逸脱しない範囲

今回は、アスペルガー症候群の従業員について、休職期間満了時に休職の事由が消滅したか否かが判断された裁判例(東京地裁平成27年7月29日)をご紹介します。

事案は以下のとおりです。
会社から総合職として雇用され、システムエンジニアや、ソフトウェア開発部門の業務、最終的には予算管理等の業務に従事していた従業員が、「統合失調症(疑い)。就労困難な状況であり、一箇月の休職、自宅療養を要する」という内容の医師の診断をもとに、会社から休職を命じる旨の命令を受けて休職していたところ、休職中の各種心理検査等の結果、統合失調症ではなくアスペルガー症候群であると診断され、デイケアに参加するなどしたうえで、医師より、(対人交渉の乏しい部署、パソコンに一日中向き合うような仕事において)「通常勤務が可能である」との診断がなされました。
その診断に基づき、会社は、社内制度である試験出社を経たうえで、その際の従業員の状態に基づいて、従業員にはコミュニケーション能力や社会性について改善が見られず、適する総合職の職務はないと判断し、休職期間満了により自然退職となる旨告知しました。
それを受けて、従業員が会社に対し、従業員の地位を有することの確認と、給与等の支払いを求めました。

一般に、傷病休職の規定は、会社が任意に定める解雇の猶予を目的とする制度とされていますが、この会社の就業規則には、「業務外の傷病によって長期の療養を要する場合」には「休職を命ずる。」、「休職中に休職の事由が消滅した者は、復職させる。」、「(私傷病休職の)休職期間が満了した者は」、「自然退職とする」。との定めがあります。
つまり、休職している従業員について、休職事由が消滅しないままに休職期間が満了すると従業員たる地位を失うことになるので、本件の争点は、この従業員の状態が「休職の事由が消滅した」といえるか否かになります。

この点、裁判所は、従来の裁判例を踏襲し、以下のように判断基準を示しました。
就業規則において復職の要件とされている「休職の事由が消滅」とは、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、または当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうと解される。
また、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った労務の提供があると解するのが相当である。

この点、従業員は、本件では、従業員の障害がアスペルガー症候群であることから、以下のように主張しました。
事業主は、障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の機会を確保するとともに、個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならないとする障害者基本法や、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならないとされている改正障害者雇用促進法の趣旨も考慮する必要がある。
そして、「治癒」ないし「就労可能」の判断においても、コミュニケーションなどの社会性が欠けているというアスペルガー症候群の特質に鑑み、対人交渉の少ない部署において就労可能な程度に体調が回復しているといえる場合には、「治癒」ないし「就労可能」と判断すべきである。

これに対し、裁判所は、上記の法の趣旨を考慮すべきことは認めつつも、他方で、障害者基本法等の義務は努力義務であり、改正障害者雇用促進法の合理的配慮の提供義務についても、当事者を規律する労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴う配慮の提供義務を事業主に課すものではない点に留意する必要がある、としました。

そのうえで、裁判所は、従業員の健康状態に関する事実認定として、①従業員が休職期間満了日の直前になっても、アスペルガー症候群であるとの病識を欠いたままであったこと、②試験出社時において、上司から職場での居眠りを指摘されたり、業界紙等の閲読を促されたりした場合に、自分の考えに固執して全く指摘を受け入れない態度を示し、指導を要する事項についての上司とのコミュニケーションが成立しない精神状態であったこと、③試験出社中、ニヤニヤしたり独り言をいったりするという不穏な行動があって、周囲の同僚から苦情を受ける状態であったと認定したうえで、従業員の従前の予算管理の業務は、対人交渉の比較的少ない部署であるが、指導を要する事項について上司とのコミュニケーションが成立しない精神状態で、かつ不穏な行動により周囲に不安を与えている状態では、同部署においても就労可能とは認め難い、としました。

また、従業員がソフトウェア開発業務への異動を希望していたことを持って、配置される現実的可能性があると認められることができ、かつその労務の提供を申し出ているといえるかについては、会社とその関連会社のソフトウェア開発の業務に、総合職として携わるときには、対人交渉が不可欠であり、上記の事実認定に照らし、従業員の精神状態において、ソフトウェア開発の業務が可能であったとは認められない、とし、「休職の事由が消滅」していたとは認められないとし、従業員の請求を棄却しました。

本件裁判例は、当初統合失調症の疑いで休職した従業員が、休職中にアスペルガー症候群と診断されている事案において、「休職の事由が消滅した」といえるには、どの程度の勤務が可能であることが必要であるかを詳細に判断したもので、実務面での参考になると思われます。

なお、本件においては、①従業員の上司が従業員のほとんどの精神科の通院に付き添っていたことや、②職場復帰支援の一環として、試験出社期間を実施したこと、③試験出社期間中の従業員の状態について詳細な記録をとりつつ、従業員が居眠りの事実を認めようとしないのに対して、二度目の居眠りの際には写真撮影したなどの点で、会社として、この問題に対し、かなりの労力を費やしつつ、なすべき対応を粛々と行っていた点も参考になると考えます。