企業価値研究会の報告について

6月30日に企業価値研究会は買収防衛策の在り方についての報告書を公表しました。
企業価値研究会とは2004年に経済産業省が設置した研究会です。同研究会の報告をもとに2005年5月には経産省と法務省が「買収防衛策に関する指針」を公表しています。
今回買収防衛策の在り方についての報告書が公表されたことは、7月29日と30日、日経新聞の「経済教室」欄に神田秀樹教授と太田洋弁護士の意見が掲載されたこともあってご存知の方も多いと思います。

この報告書の柱は、買収防衛策発動に際しての金銭支払と株主総会での決議についてです。
前者について、報告書は「買収防衛策の発動に当たって、買収者に対して金員等の交付を行うことについては、かえって買収防衛策の発動を誘発し、結果として、買収の是非を適切に判断するために必要な時間・情報や交渉機会が確保された上で、株式を買収者に売却する機会を株主から喪失させるため、健全な資本市場の育成の妨げとなるという問題がある。したがって、買収者に対する金員等の交付を行うべきではない」と述べています。
後者について、報告書は「実際の買収局面において、善管注意義務を負っている被買収者の取締役が、買収提案が株主共同の利益に適うか否かに関する第一次的判断を自らは回避し、形式的に株主総会に買収の是非に関する判断を丸ごと委ねて、自己を正当化することは、責任逃れとさえいうことができる」と述べています。
そして、取締役会のとるべき行動の指針として8項目が挙げられていますが、特に目を引くのが「取締役会は、株主共同の利益を向上させる買収提案であると判断した場合には、株主総会で株主の意思を問うまでもなく、直ちに買収防衛策の不発動を決議しなければならない」というもので、株主共同の利益の最大化が取締役会の責務であり、買収防衛策の発動もそれに従う必要があることを示しています。

報告書が買収防衛策の発動が許される場合として提案する基準は、ブルドックソース事件などで裁判所が示したものに比べて相当にハードルが高いように思われます。特に、金銭支払に関しては、それをしなくても適法になる場合にのみ買収防衛策を発動すべきという趣旨と思われます。
ただ、報告書では、あるべき買収防衛策、言わば理想的な買収防衛策の発動基準を提言しているにすぎず、金銭支払によって買収防衛策の発動の適法性が補完されることを否定する趣旨ではないようです。そのため、上記の日経新聞の記事において、神田教授は「ブルドックソース事件に関する2007年の最高裁決定を否定するものではない」と述べています。一方、太田弁護士は、報告書による同最高裁決定の一部でも否定するような提言が実務を混乱させることを危惧しています。

適法性のリスクを低減するための金銭補償も従来通り用いられ、報告書の提言によって買収防衛策発動に関する実務が揺らぐことはないように思いますが、実務への影響について今後の買収防衛策発動事例の集積が待たれるところです。