インサイダー取引を誘発させないよう社内の情報管理を
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<ポイント>
◆インサイダー取引規制違反事件の大部分は社外の情報受領者による
◆証券会社の関与するインサイダー取引が増加
◆誘発型インサイダー取引防止のために情報管理が必要

証券取引等監視委員会が2008年(平成20年)から毎年公表している「金融商品取引法における課徴金事例集」を、今年も2012年(平成24年)7月6日に公表しました。
この課徴金事例集によると、平成23年度(平成23年4月から平成24年3月)にインサイダー取引があったとして15件、合計2630万円の課徴金納付命令勧告が、平成24年度(平成23年4月から平成24年6月15日)に同10件、合計2353万円の同勧告がされたとのことです。
なお、インサイダー取引規制の概要については拙稿、「インサイダー取引をさせないための社内対応」をご覧ください。

平成23年度の課徴金事例集登載のインサイダー取引事例で目を引くのは、証券会社の顧問によるインサイダー取引です。
これは、証券会社の中間決算で特別損失を計上することが確実となり、中間配当を無配とする旨の決定等の重要事実を知った同社の顧問(元役員)が、親族の証券口座を利用して同社の株式を空売りした事例です。
市場の仲介者として公共的な役割を担う証券会社の顧問が、不正な利益を求めてインサイダー取引をしたという事例であり、特に大きく非難されるべき事例といえるでしょう。
また、平成23年度は15件のうち12件が、24年度は10件のうち8件が第一次情報受領者(会社関係者等、公開買付者等関係者等から直接に重要事実の伝達を受けた者)によるインサイダー取引規制違反となっています。
インサイダー取引に関わる課徴金納付命令勧告数は平成21年度の38件をピークとして減少していますが、インサイダー取引規制違反を行った者としては、平成21年度からは会社関係者等や公開買付者等関係者等より第一次情報受領者の方が多くなりました。
すなわち、会社の役職員が自社の重要事実や自社と契約関係等にある会社の重要事実を知ってインサイダー取引をするのではなく、そのような会社の役職員から重要事実の伝達を受けた者によるインサイダー取引が圧倒的に多くなったということです。

証券会社が関係した第一次受領者による事例として、平成23年度及び平成24年度には、公募増資をする上場会社の主幹事証券会社の職員が信託銀行のファンドマネージャーに公募増資の情報を伝達し、同ファンドマネージャーが当該上場会社の株式を売り付けるという事例がありました(今回の課徴金事例集に事例として登載されていませんが、上記集計には算入されているようです)。
上場企業が公募増資を行うと、増資後の一株当たりの利益が減少する等の影響が予測されるため(株式の希薄化と呼ばれています)、株価は、少なくとも一時的には下落するという現象がよく見られます。
公募増資を知った者が、その情報の公開前に公募増資をする会社の株を空売りし、増資後に低下した価格で買い戻せば確実に利益を得られることになります。
この事例では、金融庁は、インサイダー取引を行った信託銀行の職員に課徴金納付命令をしただけでなく、証券会社に対しても業務改善命令を出しました。
新聞でも大きく報道され、証券会社のグループ最高経営責任者(CEO)と最高執行責任者(COO)が引責辞任しました。
このような主幹事証券会社から公募増資の情報を伝達されて行われたインサイダー取引事例が数件ありました。

公募増資のような未公開の重要情報(インサイダー情報)が伝達されれば、その情報を受領した第一次情報受領者によるインサイダー取引が誘発されることになります。
一方、重要事実の伝達そのものはインサイダー取引規制の対象となりません(教唆やほう助となる場合は別です)ので、インサイダー情報を知っている者が第一次情報受領者の歓心をかいたい場合には安易に情報を漏らす可能性があります。
公募増資の上記事例では、証券会社の営業担当者としては信託銀行などの運用会社や機関投資家のファンドマネージャーに対して未公開の重要情報を伝えてでも、発行予定株数を上回るような公募増資の応募を獲得したいとの動機があったことが、信託銀行、証券会社における調査委員会の報告書で指摘されています。
ただ、証券会社などのように他社のインサイダー情報が多く集まる会社だけでなく、一般の会社の役職員もこのようないわば「誘発型」インサイダー取引を起こさせる可能性はあります。
自社または他社の重要事実が漏えいされてインサイダー取引を誘発したとなると会社の情報管理が問われ、信用問題に発展することになります。
また、金融審議会「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」では、重要事実の伝達そのものをインサイダー取引規制の対象とすることについて議論を開始しており、近い将来に実現するかもしれません。
自社の社員に対し自社株についてインサイダー取引をさせないよう社内規制や社員教育に熱心に取り組んでいても、自社及び他社のインサイダー情報の漏えいに対しては後手に回っていないか再度チェックする必要があります。
自社のインサイダー情報及び会社にもたらされた他社のインサイダー情報については、知る必要のある人にのみ情報が共有されるようにしなければなりません。
さらに、自社及び他社のインサイダー情報とは何か、情報管理がいかに重要かに関する実効性のある社員教育が必要です。