遺言書の破棄に関する最高裁判例

 池野 由香里

2016年04月01日

<ポイント>
◆遺言者が遺言書を破棄すれば遺言書は無効に
◆遺言書の一部改変については遺言作成の形式踏む必要
◆読める状態であっても全体に斜線を引けば「破棄」

いつもは労働関係についての判例をご紹介していますが、今回は、相続に関する最高裁の判例(平成27年11月20日)をご紹介したいと思います。

事案は、遺言書の作成者が、遺言書の文面全体の左上から右下にかけて赤色ボールペンで一本の斜線を引いたことが、民法1024条前段の「故意に遺言書を破棄したとき」にあたるかどうかが争われたものです。

民法1024条前段は、「遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。」と規定しています。
ここで、「破棄」とはどのような行為かが問題になりますが、学説上は、遺言書の焼却、切断等といった遺言書の形状自体を破壊する行為のみならず、文面を抹消する行為も含まれるとされています。
これまで公表されている裁判例では、調べた限りでは、この点について明らかにしているものは見当たらないようです。

なお、遺言の撤回の要件としては、「遺言者」が遺言書を破棄したことが求められていますが、本件では、遺言書が発見された場所が遺言者のみが保管していたことが明らかな金庫であったことなどから斜線を引いたのは遺言者であると認定されています。

このような事実認定のもと、1審の広島地裁(平成25年11月28日)及び2審(原審)の広島高裁(平成26年4月25日)は、遺言者が斜線を引いた時点では少なくとも一時的に撤回の意思を有していたことを推認しています。しかし、その一方で、遺言の撤回については、遺言の方式に従って行うことが要求されることから、これと同じ効果が導かれる遺言書の破棄の定義についても厳格に解釈されるべきであり、焼き捨て、切断、一部の切捨てなど遺言書自体の有形的破棄の場合のほか、遺言書を抹消して、内容を識別できない程度にする行為も破棄に当たるが、元の文字を判別できる程度の抹消であれば、破棄ではなく、変更ないし訂正として一定の形式を備えない限り元の文字が効力を持つことになるとしました。
そして、本件では、遺言書の文字は判読できるので破棄にあたらないうえ、遺言者が斜線を引いたのちの遺言書を金庫に保管していたことからも、遺言の撤回という効果を認めることは妥当ではないとし、遺言を有効としました。

これに対し、最高裁判所は、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとして、判決を取り消し、遺言を無効としました。
その理由は次のとおりです。
民法は、遺言書に改変を加える行為については、遺言の方式に従った厳格な方式を遵守することを要求しているが、これは遺言の効力を維持することを前提にしているのであるから、抹消後も元の文言が判読可能であれば、厳格な方式を具備していない限り抹消としての効力を否定するという判断もあり得る。
ところが、赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れと見るのが相当であるから、その行為の効力について、一部の抹消の場合と同様に判断することはできない。

つまり、遺言書全体をなかったことにする破棄の場合には、遺言書を一部生かす形での改変の場合のように厳格な要件を認めるべきではない、と判断したのです。

この裁判所の判断はおおむね支持されているようであり、私も、文書全体に斜線を引く行為はその文書を生かすつもりはないと考えるのが常識的であり、「破棄」の概念にも合致すると考えます。

ただ、相続人の立場に立ってみれば、遺言者の撤回の意思があいまいなこのような事案においては、死後争いが起きるのも当然であり、遺言者が遺言書の効力を失わせたい場合には、シュレッダーにかけるなどはっきりとした処理を行うことがのぞましいと思います。